・・・一頃は訪う人どころか、苔の下に土も枯れ、水も涸いていたんですが、近年他国の人たちが方々から尋ねて来て、世評が高いもんですから、記念碑が新しく建ちましてね、名所のようになりました。それでね、ここのお寺でも、新規に、初路さんの、やっぱり記念碑を・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 一時の世評によって、其等の作家は全集ともなり、文化を飾るに過ぎぬのである。もし其の暇と余裕があるならば、各作家の作品を新に読み返すことは真の文芸史を書く上から無意義であるまい。 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・所謂刳磔の苦労をして、一作、一作を書き終えるごとに、世評はともあれ、彼の屈辱の傷はいよいよ激烈にうずき、痛み、彼の心の満たされぬ空洞が、いよいよひろがり、深まり、そうして死んだのである。傑作の幻影にだまくらかされ、永遠の美に魅せられ、浮かさ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・君は世評を気にするから急に淋しくなったりするのかもしれない。押し強くなくては自滅する。春になったら房州南方に移住して、漁師の生活など見ながら保養するのも一得ではないかと思います。いずれは仕事に区切りがついたら萱野君といっしょに訪ねたいと思い・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・をほめては呉れなかったし、友人たちもまた、世評どおりに彼をあしらい、彼を呼ぶに鶴という鳥類の名で以てした。わかい群集は、英雄の失脚にも敏感である。本は恥かしくて言えないほど僅少の部数しか売れなかった。街をとおる人たちは、もとよりあかの他人に・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・私は、いまは、世評を警戒している。「私は嘗つて民衆に対してどんな罪を犯したろうか。けれども、いまでは、すっかり民衆の友でないと言われている。輿論に於いて人の誤解されやすいのには驚く。実に驚く。」と、ゲエテほどの男でも、かのエッケルマン氏につ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そう言う私だとて病人づらをして、世評などは、と涼しげにいやいやをして見せながらも、内心如夜叉、敵を論破するためには私立探偵を十円くらいでたのんで来て、その論敵の氏と育ちと学問と素行と病気と失敗とを赤裸々に洗わせ、それを参考にしてそろそろとお・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・一方ではまた、審査する方が濫造の世評を顧慮して審査の標準を高め、上記の比率を低下させるようにするかも知れない。しかし比率を半分に切り下げても、研究の数が四倍になれば、博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう。 こういう風に考えて・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・これに対する世評も区々で、監督の先生の不注意を責める人もあれば、そういう抵抗力の弱い橋を架けておいた土地の人を非難する人もあるようである。なるほどこういう事故が起こった以上は監督の先生にも土地の人にも全然責任がないとは言われないであろう。し・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・その頃県令であった三島通庸に対する世評の一端もうかがわれる。熱情的な農民等が、明治維新によって目醒された自由平等の理想に鼓舞されて、延びよう延びようとする鋭気を、事々に「お上」の法によって制せられ、幻滅を感じるが如何うにかして新生活を開拓し・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
出典:青空文庫