・・・世人は元禄の軟文学を論ずる時必西鶴と近松とを並び称しているようであるが、わたくしの見る処では、近松は西鶴に比すれば遥に偉大なる作家である。西鶴の面目は唯その文の軽妙なるに留っている。元禄時代にあって俳諧をつくる者は皆名文家である。芭蕉とその・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・と鷹の眼を後ろに投ぐれば、並びたる十二人は悉く右の手を高く差し上げつつ、「神も知る、罪は逃れず」と口々にいう。 ギニヴィアは倒れんとする身を、危く壁掛に扶けて「ランスロット!」と幽に叫ぶ。王は迷う。肩に纏わる緋の衣の裏を半ば返して、右手・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ この二様の精神すなわち義務の刺戟に対する反応としての消極的な活力節約とまた道楽の刺戟に対する反応としての積極的な活力消耗とが互に並び進んで、コンガラカッて変化して行って、この複雑極りなき開化と云うものができるのだと私は考えています。そ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・麓の低い平地へかけて、無数の建築の家屋が並び、塔や高楼が日に輝やいていた。こんな辺鄙な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。 私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そして・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・天下一日も政治なかるべからず、人間一日も文学なかるべからず、これは彼を助け、彼はこれを助け、両様並び行われて相戻らず、たがいに依頼して事をなすといえども、その地位はおのずから両立の勢をなせるものなれば、政治の囲範に文学を繋ぐべからず。これす・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 世界には、現在のところ、興味ある民主社会の三つの典型が並びあって生活している。朝鮮、中国や日本のように漸々と、封建的なのこりものをすてて近代民主化を完成しようと一歩ふみ出した国。アメリカ、イギリスのように資本主義の下での民主主義を完成・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 夜食堂車にいたら、四人並びのテーブルの隣りへ坐った男が、パリパリ高い音を立てて焼クロパートカをたべながら、ちょいと指をなめて、 ――シベリアにはもう雪がありましたか?と自分にきいた。ほんとに! 沿海州を走っているのだ。 食・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・脇差は一尺八寸、直焼無銘、横鑢、銀の九曜の三並びの目貫、赤銅縁、金拵えである。目貫の穴は二つあって、一つは鉛で填めてあった。忠利はこの脇差を秘蔵していたので、数馬にやってからも、登城のときなどには、「数馬あの脇差を貸せ」と言って、借りて差し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・床前に坐らせられた正客の栖方の頭の上に、学位論文通過祝賀俳句会と書かれて、その日の兼題も並び、二十人ばかりの一座は声もなく句作の最中であった。梶と高田は曲縁の一端のところですぐ兼題の葛の花の作句に取りかかった。梶は膝の上に手帖を開いたまま、・・・ 横光利一 「微笑」
・・・客間はたぶん十畳であったろうが、書斎の側だけには並び切れず、窓のある左右の壁の方へも折れまがって、半円形に漱石を取り巻いてすわった。客が大勢になっても漱石の態度は少しも変わらなかった。若い連中に好きなようにしゃべらせておいて、時々受け答えを・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫