・・・ 今度は梯子の中段から、お絹が忍びやかに声をかけた。「今行くよ。」「僕も起きます。」 慎太郎は掻巻きを刎ねのけた。「お前は起きなくっても好いよ。何かありゃすぐに呼びに来るから。」 父はさっさとお絹の後から、もう一度梯・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・僕はその新聞記者を残したまま、狭い段梯子を下って行った。すると誰か後ろから「ああさん」と僕に声をかけた。僕は中段に足をとめながら、段梯子の上をふり返った。そこには来合せていた芸者が一人、じっと僕を見下ろしていた。僕は黙って段梯子を下り、玄関・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子を窺っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い鬚の中に、赤く膿を持った面皰のある頬である。下人は、始・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 扉から雪次郎が密と覗くと、中段の処で、肱を硬直に、帯の下の腰を圧えて、片手をぐったりと壁に立って、倒れそうにうつむいた姿を見た。が、気勢がしたか、ふいに真青な顔して見ると、寂しい微笑を投げて、すっと下りたのである。 隣室には、しば・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ ゆかただか、羅だか、女郎花、桔梗、萩、それとも薄か、淡彩色の燈籠より、美しく寂しかろう、白露に雫をしそうな、その女の姿に供える気です。 中段さ、ちょうど今居る。 しかるに、どうだい。お米坊は洒落にも私を、薄情だというけれど、人・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・その狭い入り口から急な階段を上がると、中段の踊り場に花売りの女がいた。それを見ると妙に悲しかった。なぜかわからない。 大きな日本座敷の中にベンチがたくさん並んでいる。そこで何か法事のような儀式が行なわれているか、あるいはこれから行なわれ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・登りつめて中段の回廊へ出る。少し霧がかかってはいるが、サンデニからボアのほうまでも見渡される。鐘楼の下の扉が開いて女が顔を出した。そして塔へ上りますかといって塔の入り口の扉を開く。「おりて来たらここをたたいてください」といって、ドンドン・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・まず一羽飛んで来て中段に止まる。あとからすぐに一羽追っかけて来て次の段にとまる。第三のが来て空中で羽ばたきしながら前の二羽に何か交渉しているらしく見える。けんかが始まる。一羽が逃げ出して上へ上へと階段を登って行く。二段ずつ飛ぶこともあり五六・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・善吉は足早に吉里の後を追うて、梯子の中段で追いついたが、吉里は見返りもしないで下湯場の方へ屈ッた。善吉はしばらく待ッていたが、吉里が急に出て来る様子もないから、われ一人悄然として顔を洗いに行ッた。 そこには客が二人顔を洗ッていた。敵娼は・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫