・・・が、殆丸太のような桜のステッキをついていた所を見ると、いくら神経衰弱でも、犬位は撲殺する余勇があったのに違いない。が、最近君に会った時、君は神経衰弱も癒ったとか云って、甚元気らしい顔をしていた。健康も恢復したのには違いないが、その間に君の名・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・ずっと長い途を歩いて来た僕は僕の部屋へ帰る力を失い、太い丸太の火を燃やした炉の前の椅子に腰をおろした。それから僕の計画していた長篇のことを考え出した。それは推古から明治に至る各時代の民を主人公にし、大体三十余りの短篇を時代順に連ねた長篇だっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤けた鉄瓶がかかっていて、南瓜のこびりついた欠椀が二つ三つころがってい・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・手頃な丸太棒を差荷いに、漁夫の、半裸体の、がッしりした壮佼が二人、真中に一尾の大魚を釣るして来た。魚頭を鈎縄で、尾はほとんど地摺である。しかも、もりで撃った生々しい裂傷の、肉のはぜて、真向、腮、鰭の下から、たらたらと流るる鮮血が、雨路に滴っ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と、水浸しの丸太のような、脚気の足を、襖の破れ桟に、ぶくぶくと掛けている。 と主人が、尻で尺蠖虫をして、足をまた突張って、 その挙げた足を、どしんと、お雪さんの肩に乗せて、柔かな細頸をしめた時です。(ああ、ひも・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・透かして見れば帳場があって、その奥から、大土間の内側を丸太で劃った――――その劃の外側を廻って、右の権ちゃん……めくら縞の筒袖を懐手で突張って、狸より膃肭臍に似て、ニタニタと顕われた。廓の美人で顔がきく。この権ちゃんが顕われると、外土間に出・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・肩がわりの念入りで、丸太棒で担ぎ出しますに。――丸太棒めら、丸太棒を押立てて、ごろうじませい、あすこにとぐろを巻いていますだ。あのさきへ矢羽根をつけると、掘立普請の斎が出るだね。へい、墓場の入口だ、地獄の門番……はて、飛んでもねえ、肉親のご・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 四 喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・眩暈を感じさせるような谿底には丸太を組んだ橇道が寒ざむと白く匍っていた。日は谿向こうの尾根へ沈んだところであった。水を打ったような静けさがいまこの谿を領していた。何も動かず何も聴こえないのである。その静けさはひょっと夢かと思うような谿の眺め・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・されどそはかならずよく燃ゆとこの群の年かさなる子、己のが力にあまるほどの太き丸太を置きつついえり。その丸太は燃えじと丸顔の子いう。いな燃やさでおくべきと年上の子いきまきて立ちぬ。かたわらに一人、今日は獲もののいつになく多きようなりと、喜ばし・・・ 国木田独歩 「たき火」
出典:青空文庫