・・・そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸太を倒すように芝生の上に倒れてしまった。 吉永は、とび上った。 も一発、弾丸が、彼の頭をかすめて、ヒウと唸り去った。「おい、坂本! おい!」 彼は呼んでみた。 軍服が、ど・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸太棒の真中に、あと脚を揃えて、くゝりつけ、それをかついで炊事場へ持ちかえった。逆さまに吊られた口からは、血のしずくが糸を引いて枯れ草の平原にポタ/\と落ちた。「お前ら、出て行くさきに・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・すると、色の浅黒い男は、丸太を倒すようにパタリと雪の上に倒れた。それと同時に、豆をはぜらすような音がイワンの耳にはいって来た。 再び、将校の銃先から、煙が出た。今度は弱々しそうな頬骨の尖っている、血痰を咯いている男が倒れた。 それま・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・それも製作技術の智慧からではあるが、丸太を組み、割竹を編み、紙を貼り、色を傅けて、インチキ大仏のその眼の孔から安房上総まで見ゆるほどなのを江戸に作ったことがある。そういう質の智慧のある人であるから、今ここにおいて行詰まるような意気地無しでは・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ するとその男は、「なァに、ただ目から火をふいて、この丸太を一どきにもやすんです。」と言いながら、じっと目をすえて、その山のようにつみかさねた木をにらみつけました。すると、両方の目の中から、しゅうしゅうと、長い焔がふき出て、それだけ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・檻の中は一坪ほどのひろさであって、まっくらい奥隅に、丸太でつくられた腰掛がひとつ置かれていた。くろんぼはそこに坐って、刺繍をしていた。このような暗闇のなかでどんな刺繍ができるものかと、少年は抜けめのない紳士のように、鼻の両わきへ深い皺をきざ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ スワが十三の時、父親は滝壺のわきに丸太とよしずで小さい茶店をこしらえた。ラムネと塩せんべいと水無飴とそのほか二三種の駄菓子をそこへ並べた。 夏近くなって山へ遊びに来る人がぼつぼつ見え初めるじぶんになると、父親は毎朝その品物を手籠へ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・曲馬団は、その小屋掛けに用いる丸太などを私の家から借りて来ているのかも知れない。私はテントから逃げ出す事も出来ず、実に浮かぬ気持で、黙って馬や熊を眺めている。テントの外には、また悪童たちが忍び寄って来て、わいわい騒いでいる。こら! と曲馬団・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・大きな丸太を針金で縛り合せた仮橋が生ま生ましく新しいのを見ると、前の橋が出水に流されてそのあとへ新造したばかりであろうかと思われた。雨と一緒に横しぶきに吹きつける河霧がふるえ上がるように寒かった。 河向いから池までの熊笹を切開いた路はぐ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれただけで、車上の客席は高原の野天の涼風が自由に吹き抜けられるようにできている。天井裏にはシナふうのちょうちんがいくつもつるし・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫