・・・「久米さんに野村さん。」 今度は珊瑚珠の根懸けが出た。「古風だわね。久保田さんに頂いたのよ。」 その後から――何が出て来ても知らないように、陳はただじっと妻の顔を見ながら、考え深そうにこんな事を云った。「これは皆お前の戦・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・微苦笑とは久米正雄君の日本語彙に加えたる新熟語なり。久保田君の時に浮ぶる微笑も微苦笑と称するを妨げざるべし。唯僕をして云わしむれば、これを微哀笑と称するの或は適切なるを思わざる能わず。 既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁じ・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
……新しき時代の浪曼主義者は三汀久米正雄である。「涙は理智の薄明り、感情の灯し火」とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よく酒を勧むる暇さえ、「招かれざる客」の歎き・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。嘘だと思ったら、久米の作品を読んでごら・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・ 久米が、皆をふり返ってこう言った。そこで、皆ひなたへ出た。僕はやはり帽子をあげて立っている。僕のとなりには、ジョオンズが、怪しげなパナマをふっている。その前には、背の高い松岡と背の低い菊池とが、袂を風に翻しながら、並んで立っている。そ・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・――僕は久米にこんなことを言った。久米は、曲禄の足をなでながら、うんとかなんとかいいかげんな返事をしていた。 斎場を出て、入口の休所へかえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんかん火を起した炉のまわりに集って、新聞を・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・動坂から電車に乗って、上野で乗換えて、序に琳琅閣へよって、古本をひやかして、やっと本郷の久米の所へ行った。すると南町へ行って、留守だと云うから本郷通りの古本屋を根気よく一軒一軒まわって歩いて、横文字の本を二三冊買って、それから南町へ行くつも・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・当時僕等のクラスには、久米正雄の如き或は菊池寛の如き、天縦の材少なからず、是等の豪傑は恒藤と違い、酒を飲んだりストオムをやったり、天馬の空を行くが如き、或は乗合自動車の町を走るが如き、放縦なる生活を喜びしものなり。故に恒藤の生活は是等の豪傑・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
私がまだ赤門を出て間もなく、久米正雄君と一ノ宮へ行った時でした。夏目先生が手紙で「毎木曜日にワルモノグイが来て、何んでも字を書かせて取って行く」という意味のことを云って寄越されたので、その手紙を後に滝田さんに見せると、之は・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・「不相変、メンスラ・ゾイリの事ばかり出ていますよ。」彼は、新聞を読み読み、こんな事を云った。「ここに、先月日本で発表された小説の価値が、表になって出ていますぜ。測定技師の記要まで、附いて。」「久米と云う男のは、あるでしょうか。」・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
出典:青空文庫