・・・ 少年が少女を橇に誘う。二人は汗を出して長い傾斜を牽いてあがった。そこから滑り降りるのだ。――橇はだんだん速力を増す。首巻がハタハタはためきはじめる。風がビュビュと耳を過ぎる。「ぼくはおまえを愛している」 ふと少女はそんな囁きを・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・明け放したる障子に凭りて、こなたを向きて立てる一人の乙女あり。かの唄の主なるべしと辰弥は直ちに思いぬ。 顔は隔たりてよくも見えねど、細面の色は優れて白く、すらりとしたる立姿はさらに見よげなり。心ともなくこなたを打ち仰ぎて、しきりにわれを・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・毛は肩にたれて、まっ白な花をさした少女やそのほか、なんとなく気恥ずかしくってよくは見えませんでした、ただ一様に清らかで美しいと感じました。高い天井、白い壁、その上ならず壇の上には時ならぬ草花、薔薇などがきれいな花瓶にさしてありまして、そのせ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・といって、十四、五の少女では相手になれまい。 八 最後の立場――運命的恋愛 しかしこうした希望はすべて運命という不可知な、厳かなものを抜きにして、人間的規準をもって、きわめて一般的な常識的な、立言をしているにすぎない・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 吉永は、少女にこちらへ来るように手まねきをした。 丘の上では、彼等が、きゃあきゃあ笑ったり叫んだりした。 そして、少し行くと、それから自分の家へ分れ分れに散らばってしまった。 二 山が、低くなだらかに傾斜し・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・このあたりあさのとりいれにて、いそがしぶる乙女のなまじいに紅染のゆもじしたるもおかしきに、いとかわゆき小女のかね黒々と染ぬるものおおきも、むかしかたぎの残れるなるべしとおぼしくて奇なり。見るものきくもの味う者ふるるもの、みないぶせし。笥にも・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 庭にあるおそ咲きの乙女椿の蕾もようやくふくらんで来た。それが目につくようになって来た。三郎は縁台のはなに立って、庭の植木をながめながら、「次郎ちゃん、ここの植木はどうなるんだい。」 この弟の言葉を聞くと、それまで妹と一緒に黒板・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・サンフランシスコ市では、少年少女たちが日本への義えん金を得るために花を売り出したところ、多くの人が一たばを五十円、百円で買ったと言われています。 英国でも、皇帝、皇后両陛下や、ロンドン市民から寄附をよこし、東洋艦隊や、カナダからの数せき・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・顔が、不思議なくらい美しく、そのころ姉たちが読んでいた少女雑誌に、フキヤ・コウジとかいう人の画いた、眼の大きい、からだの細い少女の口絵が毎月出ていましたけれど、兄の顔は、あの少女の顔にそっくりで、私は時々ぼんやり、その兄の顔を眺めていて、ね・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・若い時分、盛んにいわゆる少女小説を書いて、一時はずいぶん青年を魅せしめたものだが、観察も思想もないあくがれ小説がそういつまで人に飽きられずにいることができよう。ついにはこの男と少女ということが文壇の笑い草の種となって、書く小説も文章も皆笑い・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫