・・・それはこうだ――何でも露国との間に、かの樺太千島交換事件という奴が起って、だいぶ世間がやかましくなってから後、『内外交際新誌』なんてのでは、盛んに敵愾心を鼓吹する。従って世間の輿論は沸騰するという時代があった。すると、私がずっと子供の時分か・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・おまえたちはこの事件については何も知らなかった。悪いのはおれ達二人だ。おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」兵卒一同「いいえ、だめであります・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
恋愛は、実に熱烈で霊感的な畏ろしいものです。 人間の棲む到る処に恋愛の事件があり、個人の伝記には必ずその人の恋愛問題が含まれてはいますが、人類全般、個人の全生活を通観すると、それらは、強いが烈しいが、過程的な一つの現象・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・そこで人々はこの事件に話を移して、フォルチュネ、ウールフレークが再びその手帳を取り返すことができるだろうかできないだろうかなど言い合った。 そして食事が終わった。 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。か・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・これが今朝課長に出さなくてはならない、急ぎの事件である。高い方の山は、相間々々にぽつぽつ遣れば好い為事である。当り前の分担事務の外に、字句の訂正を要するために、余所の局からも、木村の処へ来る書類がある。そんなのも急ぎでないのはこの中に這入っ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・とにかく、祖国を敗亡から救うかもしれない一人の巨人が、いま、梶の身辺にうろうろし始めたということは、彼の生涯の大事件だと思えば思えた。それも、今の高田の話そのものだけを事実としてみれば、希望と幻影は同じものだった。「しかし、そんな青年が・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ただ言葉の間違いや事件の行き違いのほかに根のない誤解ならば、解くこともまたやすい。 しかし私は、人格の相違が誤解を必然ならしめる場合を少なからず経験する。それを解き得るものはただ大きい力と愛とである。私はそのためにはいまだあまりに弱い。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫