・・・しかしてこの一つの奇異なる事実――それが他人の趣味によつて選定されるといふこと――が、美術品や文学書の装幀に於ける最も興味ある哲学を語るものではないか。なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・――一九二三、七、六―― 一 若し私が、次に書きつけて行くようなことを、誰かから、「それは事実かい、それとも幻想かい、一体どっちなんだい?」と訊ねられるとしても、私はその中のどちらだとも云い切る訳に行かない。私・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 男子が養子に行くも女子が嫁入するも其事実は少しも異ならず。養子は養家を我家とし嫁は夫の家を我家とす。当然のことにして、又その家の貧富貴賤、その人の才不才徳不徳、その身の強弱、その容貌の醜美に至るまで、篤と吟味するは都て結婚の約・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・蓋し意の有無と其発達の功拙とを察し、之を論理に考え之を事実に徴し、以て小説の直段を定むるは是れ批評家の当に力むべき所たり。 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・これによれば彼が生存せし間は俳名の画名を圧したらんかとも思わるれど、その歿後今日に至るまでは画名かえって俳名を圧したること疑うべからざる事実なり。余らの俳句を学ぶや類題集中蕪村の句の散在せるを見てややその非凡なるを認めこれを尊敬すること深し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・又この罪を免れない。近き将来、各国から委員が集って充分商議の上厳重に処罰されるのはわかり切ったことである。又この事実は、ビジテリアンたちの主張が、畢竟自家撞着に終ることを示す。則ちビジテリアンは動物を愛するが故に動物を食べないのであろう。何・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・のではなくて、事実の性質とその解決の方向を明らかにして、たとえ半歩なりともその方へ歩き出すための矢じるしの一つとして、書かれている。云わば、番地入りの地図として書かれている。それだからこそ、私たちの生活の必要にぴったりと結びついており、生活・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 木村のためには、この遊びの心持は「与えられたる事実」である。木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕けています、それは nervosit です」と云った。しかし木村は格別それを不幸にも感じていないらしい・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・それに反して、女房ユリアが夜明かしをして自分で縫った黒の喪服を着て、墓の前に立ったと云うのは事実である。公園中に一しょに住んでいただけの人は皆集まっていて、ユリアを慰めた。その詞はざっとこんな物であった。「神の徳は大きい。お前さんをいじめた・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫