・・・ そのあやし火の中を覗いて見ろい、いかいこと亡者が居らあ、地獄の状は一見えだ、と千太どんがいうだあね。 小児だ、馬鹿をいうない、と此家の兄哥がいわしっけ。 おら堪んなくなって、ベソを掻き掻き、おいおい恐怖くって泣き出したあだよ。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・石段下へ引寄せておいて、石投魚の亡者を飛上らせるだけでも用はたりましょうと存じますのよ。ぽう、ぽっぽ――あれ、ね、娘は髪のもつれを撫つけております、頸の白うございますこと。次の室の姿見へ、年増が代って坐りました。――感心、娘が、こん度は円髷・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ただ吹雪に怪飛んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女は、台所の筵敷に居敷り、出刃庖丁をドギドギと研いでいて、納戸の炉に火が燃えて、破鍋のかかったのが、阿鼻とも焦熱とも凄じい。……「さ、さ、帯を解け、しての、死骸を俎の上へ、」という・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・峠の原で、たぶさを取って引倒して、覚えがあろうと、ずるずると引摺られて、積った雪が摺れる枝の、さいかちに手足が裂けて、あの、実の真赤なのを見た時は、針の山に追上げられる雪の峠の亡者か、と思ったんですがね。それから……立樹に結えられて、……」・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・「は、とんでもねえ、それどころか、檀那がねえで、亡者も居ねえ。だがな、またこの和尚が世棄人過ぎた、あんまり悟りすぎた。参詣の女衆が、忘れたればとって、預けたればとって、あんだ、あれは。」 と、せきこんで、「……外廻りをするにして・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・人形使 いやもう、酒が、あか桶の水なれば、煙草は、亡者の線香でござります。画家 喫みたまえ。(真珠の飾のついたる小箱のまま、衝と出人形使 はッこれは――弘法様の独鈷のように輝きます。勿体ない。(這出罰の当った――勿体ない。この紫・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・行く――そこから芽が吹くとか枝が出るとかいったようなものではなくて、何かしら得体の知れないごろっとした、石とか、木乃伊とか、とにかくそんなような、そしてまったく感応性なんてもののない……そうだ、つまり亡者だね」「……」「……君はひど・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 貴嬢がわずかに頭をあげて、いなとかの君の問いに答えたまいたる、その声は墓のかなたより亡者や吹き込みし。 よき物まいらせんとてかの君手さげの内を探りたまいしが、こはいかに宝丹を入れ置きぬと覚えしにと当惑のさまを、貴嬢は見たまいて、い・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・こういう連中は全く盲人というでもなく、さればといって高慢税を進んで沢山納め奉るほどの金も意気もないので、得て中有に迷った亡者のようになる。ところが書画骨董に心を寄せたり手を出したりする者の大多数はこの連中で、仕方がないからこの連中の内で聡明・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「馬鹿あ吐かせ、三銭の恨で執念をひく亡者の女房じゃあ汝だってちと役不足だろうじゃあ無えか、ハハハハ。「そうさネエ、まあ朝酒は呑ましてやられないネ。「ハハハ、いいことを云やあがる、そう云わずとも恩には被らあナ。「何をエ。「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫