・・・僕は明けがたの夢の中に島木さんの葬式に参列し、大勢の人人と歌を作ったりした。「まなこつぶらに腰太き柿の村びと今はあらずも」――これだけは夢の覚めた後もはっきりと記憶に残っていた。上の五文字は忘れたのではない。恐らくは作らずにしまったのであろ・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・ 阿呆 阿呆はいつも彼以外の人人を悉く阿呆と考えている。 処世的才能 何と言っても「憎悪する」ことは処世的才能の一つである。 懺悔 古人は神の前に懺悔した。今人は社会の前に懺悔して・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それなら、なぜクロポトキンやマルクスや露国の革命をまで引き合いに出して物をいうかとの詰問もあろうけれども、それは僕自身の気持ちからいうならば、前掲の人人または事件をああ考えねばならなくなるという例を示したにすぎない。気持ちで議論をするのはけ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から洩れる言葉は、異口同音にこの一言である。 思えば、きょうこの頃の日本人は、猫も杓子もおきまりの紋切型文句を言い、しかも、その紋切型しか言わ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・なる多くの人人が「一億総懺悔」という標語のかげにかくれて、やに下っている光景を想像して、不愉快になった。 ある種の戦争責任者である議会人がさきに軍官財閥の三閥を攻撃している図も、見っともよい図ではなかった。がかつて右翼陣営の言論人として・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・初めは童母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲は童をして母を忘れしめたるのみ。物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗すともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境に落としつくし人・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・なりまたむずかしくもなりますが要するに前申したごとく活力の示現とか進行とか持続とか評するよりほかに致し方のない者である以上、この活力が外界の刺戟に対してどう反応するかという点を細かに観察すればそれで吾人人類の生活状態もほぼ了解ができるような・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・今日此処に集まりました人人はあながちクリスト教徒ばかりではありません、されどいずれの宗教に於てもこれを云わんと欲するものであります。但しこれ敢て博士の神学でもありません。これ最普通のことであります。 第二にその神学の解釈に至っては私の最・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすんでいっしょにすすむ人人は、いつでもいっしょにいるのです。けれども、わたくしは、もう帰らなければなりません。お日様があまり遠くなりました。もずが飛び立ちます。では。ごきげんよう。」 停車場の方で・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・それぞれ人人は何らかの思想の体系の中に自分を編入したり、されたりしたことを意識しているにちがいない現在、――いかなるものも、自分が戦争に関係がないと云えたものなど一人もいない現在の宿命の中で、何を考え、何の不平を云おうとしているのであろうか・・・ 横光利一 「鵜飼」
出典:青空文庫