・・・ 学士が驚いた――客は京の某大学の仏語の教授で、榊三吉と云う学者なのだが、無心の小児に向っては、盗賊もあやすと言う……教授でも学者でも同じ事で、これには莞爾々々として、はい、今日は、と言った。この調子で、薄暗い広間へ、思いのほかのものが・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・売り子は美しい若い女で軽快な仏語をさえずっていた。 十 ミラノからベルリン五月五日 七時二十分発ベルリン行きの D-Zug に乗る。うっかりバーゼル止まりの客車へ乗り込んでいたが、車掌に注意されてあわててベル・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ やはりそのころ近所の年上の青年に仏語を教わろうとしたことがある。「レクチュール」という読本のいちばん初めの二三行を教わったが、父から抗議が出てやめてしまった。英語がまだ初歩なのに仏語をちゃんぽんに教わっては不利益だという理由であったが・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・どこか小鳥のような感じのする人で仏語のほかは話さなかったようである。そのほかの若い生物学者や地質学者やみんなまじめで上品で気持ちのいい人たちであった。日本のマルキシストなどとはだいぶちがった感じのする人たちであった。映画監督のシュネイデロフ・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・もっとも一概に完全と云いましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここに云うのは仏語などで使う純一無雑まず混り気のないところと見たら差支ないでしょう。例えば鉱のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金と云ったように精錬した・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・『現代ドイツ短篇集』は幸いありました。こちらへとって置きましょう。南山堂も郁文堂もモクロクは出していません。この頃こういうものは出せないらしい風ね、紙がなくて。『仏語より英語へ』は題が逆でしたがあったから『老婆』と一緒にお送りしました。面白・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そのときは、上下とも白い洋服で瀟洒たる紳士であった。仏語に堪能で、海軍の仏印侵略のために、有用な協力をしているというような地位もそのとき知ったように思う。「野呂栄太郎の追憶」の終りにかかれている堂々の発言を見て、私の心が激しくつき動かさ・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・ 藍子の先輩に当る相馬尚子が仏語の自宅教授や翻訳を仕事にしてそこに住んでいる。 藍子は、一寸躊躇していたが、元気よく駆けるように大日坂を下り、石切橋から電車に乗った。 尚子の処に、思いがけず清田はつ子、森鈴子という連中が来ていた・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・しかし仏語や独逸語も少しずつは通じるようになっている。この少壮者の間に新しい文芸が出来た。それは主として小説で、その小説は作者の口からも、作者の友達の口からも、自然主義の名を以て吹聴せられた。Zola が Le Roman expエクスペリ・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫