・・・「あれは仙人です。」「仙人だって人だ。」「それじゃ叔父さんは仙人ですか。」「市に隠れた仙人のつもりでおるのだ。」 これで武はまたも撃退されてしまったのである。 下 さて石井翁は煙草一本すいおわ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・関羽だッてまだ生きているよ。仙人にならなくッても生きているよ。虫だッて中々に死ぬものはない。この世界は活世界だぞ。いつでも勢力が漲ぎッている天地だ。太陽が鼾をかいて寐たためしはない。月も星も山も川もなんでも動いていないものはない。凡眼で静か・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・こんな長閑気な仙人じみた閑遊の間にも、危険は伏在しているものかと、今更ながら呆れざるを得なかった。 ペンペン草の返礼にあれを喫べさせられては、と土耳舌帽氏も恐れ入った。人々は大笑いに笑い、自分も笑ったが、自分の慙入った感情は、洒々落々た・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・ 久米の仙人に至って、映画もニコニコものを出すに至った。仙人は建築が上手で、弘法大師なども初は久米様のいた寺で勉強した位である、なかなかの魔法使いだったから、雲ぐらいには乗ったろうが、洗濯女の方が魔法が一段上だったので、負けて落第生とな・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・画の本でもくれればいいのに、こんな仙人の本サ。」「仙人の本はよかった。」と、私も吹き出した。「これはとうさんでも読むにちょうどいい。」「とうさんだって、まだ仙人には早いよ。」「しかしお餞別と思えばありがたい。きょうは番町でい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・君は、眠っちゃったじゃないか。だらしないね。」「眠った? 僕が?」「そうさ。可哀そうなアベルの話を聞かせているうちに、君は、ぐうぐう眠っちゃったじゃないか。君は、仙人みたいだったぞ。」「まさか。」私は淋しく笑った。「ゆうべから、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・資本主義的経済社会に住んでいることが裏切りなら、闘士にはどんな仙人が成るのだ。そんな言葉こそウルトラというものだ。小児病というものだ。一のプロレタリアアトへの貢献、それで沢山。その一が尊いのだ。その一だけの為に僕たちは頑張って生きていなけれ・・・ 太宰治 「葉」
・・・そんな風であるから、ともかくも彼が教育という事に無関心な仙人肌でない事は想像される。 アインシュタインの考えでは、若い人の自然現象に関する洞察の眼を開けるという事が最も大切な事であるから、従って実科教育を十分に与えるために、古典的な語学・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・巨人の掌上でもだえる佳姫や、徳利から出て来る仙人の映画などはかくして得られるのである。このようにカメラの距離の調節によって尺度の調節ができるのみならず、また、カメラの角度によって異常なパースペクティーヴを表現し、それによって平凡な世界を不思・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・この傾向がどこまでも続いたら、おしまいには昔話の仙人のように雲に駕して山から山を飛び歩けそうな気がする。仙人の話は存外こんな想像からも生まれ得たのである。 碓氷峠を下って関東平野にかかると今さらに景色の相違が目に立つ。落葉松、白樺、厚朴・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫