・・・こういう仮想的の問題を考えてみた時にわれわれは教育というものの根本義に触れるように思う。 私は蓄音機や活動写真器械で置き換え得られるような講義はほんとうの意味の教育的価値のないものだろうと思っている。もし講義の内容が抜け目なく系統的に正・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 九月一日は帝都の防空演習で丸の内などは仮想敵軍の空襲の焦点となったことと思われる。演習だからよいようなものの、これがほんとうであったらなかなかの難儀である。しかし、もしも丸の内全部が地下百尺の七層街になっていたとしたら、また敵にねらわ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために国際的にも特殊な関係が生じいろいろな仮想敵国に対する特殊な防備の必要を生じると同様に、気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・しかし浴場に附属した礼拝堂と図書館と画廊と音楽堂と運動場の建築が必要であると云って、それで三人でこの仮想的浴場のプランを画いてみたりした。しかしその費用の出処については誰にも何の目あてもないので、おしまいにはとうとう三人で笑い出してしまった・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ しかし私はただ一つの有りうべき場合として次のような仮想的の事件を想像してみた。 この象は始めから狂気でもなんでもなかったのである。至極お心よしの純良な性質であった。ただあまりに世間見ずのわがままなおぼっちゃんの象であった。それでこ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・もちろん生物界でそういうふうの進化をしたものはないかもしれないが、そういう仮想的な変遷もやはり一種の進化と見られないことはないであろう。 そういうふうにして一度固定した俳句の型式が環境に適応したために何百年も遺伝されて伝わって来たのが、・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・それでかりに地球歴史のある一定の時期において、ある特別の地点において、特殊の国語が急に発生したと仮定すると、それはちょうど水中にアルコホルの一滴を投じたと同様に四方に向かって拡散を始めるであろうと仮想される。すなわちその国語の語根のある一つ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ もっともいうまでもなく現在の新聞というものも本来はこの仮想的の一大機関と同じような役目を果たすために生まれたものであろう。ただそれが遺憾ながら理想的に行っていないために、ここにこのような問題が起こったわけである。 私の思考実験・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・後にはエーテルと称する仮想物質の弾性波と考えられ、マクスウェルに到ってはこれをエーテル中の電磁的歪みの波状伝播と考えられるに到った。その後アインスタイン一派は光の波状伝播を疑った。また現今の相対原理ではエーテルの存在を無意味にしてしまったよ・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・ これはただ極端な一例をあげたに過ぎないが、この仮想的の人間の世界と吾人の世界とを比較してもわかるように、吾人のいわゆる世界の事物は、われわれと同様な人間の見た事物であって、それがその事物の全体であるかどうか少しもわからぬ。 哲学者・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫