・・・……遊山旅籠、温泉宿などで寝衣、浴衣に、扱帯、伊達巻一つの時の様子は、ほぼ……お互に、しなくっても可いが想像が出来る。膚を左右に揉む拍子に、いわゆる青練も溢れようし、緋縮緬も友染も敷いて落ちよう。按摩をされる方は、対手を盲にしている。そこに・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・部屋着に、伊達巻といった風で、いい、おいらんだ。……串戯じゃない。今時そんな間違いがあるものか。それとも、おさらいの看板が見えるから、衣裳をつけた踊子が涼んでいるのかも分らない、入って見ようと。」「ああ、それで……」「でござんさあね・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 汽車中、伊達の大木戸あたりは、真夜中のどしゃ降で、この様子では、思立った光堂の見物がどうなるだろうと、心細いまできづかわれた。 濃い靄が、重り重り、汽車と諸ともに駈りながら、その百鬼夜行の、ふわふわと明けゆく空に、消際らしい顔で、・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ とお千さんは、伊達巻一つの艶な蹴出しで、お召の重衣の裙をぞろりと引いて、黒天鵝絨の座蒲団を持って、火鉢の前を遁げながらそう言った。「何、目下は私たちの小僧です。」 と、甘谷という横肥り、でぶでぶと脊の低い、ばらりと髪を長くした・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・が、紅い襷で、色白な娘が運んだ、煎茶と煙草盆を袖に控えて、さまで嗜むともない、その、伊達に持った煙草入を手にした時、――「……あれは女の児だったかしら、それとも男の児だったろうかね。」 ――と思い出したのはそれである。―― で、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・傘を拡げて大きく肩にかけたのが、伊達に行届いた姿見よがしに、大薩摩で押して行くと、すぼめて、軽く手に提げたのは、しょんぼり濡れたも好いものを、と小唄で澄まして来る。皆足どりの、忙しそうに見えないのが、水を打った花道で、何となく春らしい。・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ず飲み乾している、それを、おそらく宵から雪に吹かれて立ち詰めだった坂田が未練もみせずに飲み残すのはどうしたことか、珈琲というものは、二口、三口啜ってあと残すものだという、誰かにきいた田舎者じみた野暮な伊達をいまだに忘れぬ心意気からだろうと思・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・』という声が自分のすぐ前でしたと思うと自分とすれ違って、一人の男がよろめきながら『腰の大小伊達にゃあささぬ、生意気なことをぬかすと首がないぞ!』と言って『あははははッ』と笑ッた。自分は驚いて、振り向いて見ると、霧をこめておぼろな電気燈の光が・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・奥州武士の伊達政宗が罪を堂ヶ島に待つ間にさえ茶事を学んだほど、茶事は行われたのである。勿論秀吉は小田原陣にも茶道宗匠を随えていたほどである。南方外国や支那から、おもしろい器物を取寄せたり、また古渡の物、在来の物をも珍重したりして、おもしろい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ダイヤのネクタイピンなど、無いのを私は知って居りますので、なおのこと、兄の伊達の気持ちが悲しく、わあわあ泣いてしまいました。なんにも作品残さなかったけれど、それでも水際立って一流の芸術家だったお兄さん。世界で一ばんの美貌を持っていたくせに、・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫