・・・その方が手がとゞくからという考えが伏在するからです。金というものがいかばかり人間の魂を堕落に導いたか知れない。そして、自分は、人のためとか、世の中のためとかいって、出歩いている矛盾した母親もありますが、子供の立場から見る時愛情の薄きに対して・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・こんな長閑気な仙人じみた閑遊の間にも、危険は伏在しているものかと、今更ながら呆れざるを得なかった。 ペンペン草の返礼にあれを喫べさせられては、と土耳舌帽氏も恐れ入った。人々は大笑いに笑い、自分も笑ったが、自分の慙入った感情は、洒々落々た・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・それにしてもこの作者のこの作品の中にどこかそういうエレメントが伏在していない限り、こういう見方の可能性を許すような作品が生まれることはないはずだとも言われはしないか。 世界じゅうでいくらかでも俳諧を理解する国民は、フランス人とロシア人で・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかしここにもいろいろな未来の可能性が伏在するであろう。 フィルムの露出が間欠的な上に、さらに撮影さるべき実体の照明を週期的にして両者の週期を加減すれば、そこからもまたいろいろな技巧が生まれるであろう。たとえばシーンの中の一人物が幽霊の・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈されて、現象の背後に伏在する機構への探究を阻止しようとすることがあるような気がする。しかし、気をつけないと、自働交換台の豆電燈の瞬きを手帳に記録するだけで満足するよ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ この場合に油膜の存在と摩擦の関係が明らかになったとしても、この場合の摩擦によって金だらいの規則正しい振動の誘発される機巧についてはまだよくわからないことがかなりに多く伏在しているのである。クラドニの実験や、またヴァイオリンの場合に松や・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・ 市電争議の原因はなかなか複雑で到底科学者などにはわからないような事がらがいろいろ裏面に伏在しているには相違ないであろうが、しかしたくさんな原因の一つとしては、市電が経済的に不利な経営法を行ないきたったという事実もあるであろう、そうして・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・広大無辺の自然にはなお無限の問題が伏在しているのに、われわれの盲目なためにそれを問題として認め得ない結果、それが存在しないかのように枕を高くしているのである。 多年藤原博士の心にかけて来られた渦巻に関する各種の現象でも、実にいろいろの不・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・もしこれらが完全で、しかも実際と合わぬような場合があれば、これは何か吾人の夢想しないような新しい事柄がその間に伏在している証拠であって、古来多くの発見などはこのようなところから生れて来たのである。 複雑な実際問題を研究して先ずその真相を・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・いろの蝶や虫を引きつける能力についてはまだおそらく人間の知らない不思議な理由があるだろうと思うが、同様にいろいろの草花が子供の略奪趣味を刺激する効果の差別についてもまだ簡単な説明を許さない秘密な方則が伏在しているのではないかと思う。 昆・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫