・・・ 死人も、土地を買わなければ、その屍を休める場所がない。――そういう思想を持っていた。だから、棺桶の中へは、いくらかの金を入れた。死人が、地獄か、極楽かで、その金を出して、自分の休息場を買うのである! 母が、死んだ猫を埋めてやる時、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・八塚などいうものあり、また贄川、日野あたりには棒神と唱えて雷槌を安置せるものありと聞きしまま、秩父へ来し次手には、おおむかしのかたみの氷の雨塚というもののさまをも見おぼえおかんとおもいしまでなりしが、休めるところの鼻のさきにその塚ありと聞き・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・そして、馬の息を休めるために、ゆっくり歩きました。 そのうちにウイリイは、ふと、向うの方に何かきらきら光るものが落ちているのに目をとめました。それは金のような光のある、一まいの鳥の羽根でした。ウイリイは、めずらしい羽根だからひろっていこ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・双た親は鍬を休めるたびごとには自分の方を向いて話しをする。お長も時々袖を引いて手真似で話す。沖の鳥貝を掻く船を指して、どの船も帆を三つずつ横向きにかけている。両端から二本の碇綱を延しているゆえ、帆に風を孕んでも船は動かない。帆が張っているか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・雁や野鴨の渡り鳥も、この池でその羽を休める。庭園は、ほんとうは二百坪にも足りないひろさなのであるが、見たところ千坪ほどのひろさなのだ。すぐれた造園術のしかけである。われは池畔の熊笹のうえに腰をおろし、背を樫の古木の根株にもたせ、両脚をながな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・それを自分の胸に感じ、魂に知り、ちょうど疲れたとき、一瞬の虚無に脳を休めるため知らず識らず深い欠伸をするように、必要であり、適当である場合には、知らず識らず、自分の中から溢れ出すものとなりさえすればよいのである。 人類の愛、神の愛。それ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 物を云う家畜のように群をなして追い立てられ、疲れ果てた体と心とを休めるためには、小さい屋根の下の灯と一つの炉ばたしかもたなかったこれ迄の生活は、日本の婦人にとって余りみじめではなかったでしょうか。私たちは、婦人の生活上の力量がこの社会・・・ 宮本百合子 「婦人民主クラブ趣意書」
・・・私は先ずこのたよりのなかで、出来るだけこまかく、その何でもない心が休めるような毎日のいろんなことをすこし話したいと思います。 先ず、二人とも丈夫のことを心からうれしく思って居ります。もうそちらは寒いでしょうね、零下何度ぐらいになりますか・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・そこへ行って、台所の心配もぬきにして楽しく休める。工場では十三時間も働らかされ、搾られ、男の半分しか賃銀が貰えず、亭主には殴られていたロシア婦人労働者の日常生活は、そういう内容でかわって来た。 実際に労働して来たもの、人につかわれて来た・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
出典:青空文庫