・・・ 感化院では、よくなったと認められる少年たちを小僧や徒弟に出し、この世で一本立ちになる修業をさせるのであるが、小僧、徒弟の日暮しは、現在の日本では、まだまだ封建的な伝習の中につながれている。その見とおしに向って、一定の希望をつなぎ、常識・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・其上に、長い伝習と、不具な教育とは、女性自らの体力と智力とをも束縛して居ります。従って、現代の日本の女性の裡には無数の夭折する――心理的の意味に於て――力が埋められて居ります。何物をも産出する事の不可能なよき魂がございます。よく成ろうとする・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・困窮な下層小市民の家庭から出て、大学教育まで受け、時代の波に洗われて親が描いたような出世の道は辿らなかった一青年が、遂に自分の教養、知性のまやかしものであることに思い到って、出生した社会層の伝習とその粗野な表現に新しい人間的値うちを見出す心・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 婦人を男と区別しては考えていない、ということは、男尊女卑的な過去の伝習に対して、何歩か歩み出された考えかたである。けれども、単純に男と女とがかりに平等であったとして、それで社会の幸福と女の幸福とは創り出されて行くものだろうか。かりに男・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・ 斯うして、荒れやすい土を耕し、意地の悪い冬枯と戦うにも只、昔からの伝習だの、自分の小さい経験などを頼む事ほかしない。此処いらの純農民は、随分と貧しい生活をして居る。 養蚕は比較的一般に行われて、随って桑畑も多い。けれ共、大業にする・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・しかも、それらの勇敢な良心的な若い息子や娘等の努力をも、未だ打挫くだけ、暗い伝習の力はつよい。岩倉侯の娘が転向した後、自殺した。無限の語られざる訴えを、私は心に銘じて今日も忘れ得ないのである。 東郷元帥というひとが、日本の資本主義の発展・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ 然し、例えば彼女のように、或る程度の人格的覚醒と同時に、伝習的虚弱さを具有する今日の多数の女性の為には、少くとも、生活の根本動機を自己の心意に置き得る丈の役には立つと思います。 良心の疚しさを、種々な自他の慣習的弁護で云い繕いなが・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ 結局常識の世界の方が住みよい、というような言葉によって表現される作家の或る近頃の感情や市民的平民的な日常の伝習の姿に対して和して同ぜず式な或るポーズで対していることと、作家が今日の現実の常識を描き、大衆を描こうとする情熱とが一つもので・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・ 私たちが、今日の時々刻々を歴史として明確に自分の生活の足の裏へじかに感覚しつつ生きてゆく習慣に馴らされていないということは、人間の歴史としての、飾らない歴史の感情に馴らされて来ていない過去の思考の伝習の影響でもある。 歴史が、ほかな・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・ところが、日が経つにつれて殆ど総ての職業の平凡さ、種々の職場内の伝習の固陋さ、自分にあてがわれる仕事の詰らなさが遣り切れなくなって来る。いろいろの意味で発展的な系統的な部署へつけられる娘は少くて、大概は機械的な、力のあまる、単調な場所におく・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫