・・・するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教通り、何とも返事をしずにいました。 ところが又暫くす・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・私はやはり何者にか申しわけをしながら、自分の仕事に従事しているのだ。……私は元来芸術に対しては深い愛着を持っている。芸術上の仕事をしたら自分としてはさぞ愉快だろうと思うことさえある。しかしながら自分の内部的要求は私をして違った道を採らしてい・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・私がなんらかの意味で第三階級の崩壊を助けているとすれば、それは取りもなおさず、第四階級に何者をか与えているのではないかと。 ここに来て私はホイットマンの言葉を思い出す。彼が詩人としての自覚を得たのは、エマソンの著書を読んだのが与って力が・・・ 有島武郎 「想片」
・・・此時谷の底より何者か高き声にて面白いぞ――と呼わる者あり。一同悉く色を失い遁げ走りたりと云えり。 この声のみの変化は、大入道よりなお凄く、即ち形なくしてかえって形あるがごとき心地せらる。文章も三誦すべく、高き声にて、面白いぞ――は、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・この老いて盲なる活大権現は何者ぞ。渠はその壮時において加賀の銭屋内閣が海軍の雄将として、北海の全権を掌握したりし磁石の又五郎なりけり。 泉鏡花 「取舵」
・・・ が、その女は何者である乎、現在何処にいる乎と、切込んで質問すると、「唯の通り一遍の知り合いだからマダ発表する時期にならない、」とばかりで明言しなかった。が、「一見して気象に惚れ込んだ、共に人生を語るに足ると信じたのだ、」と深く思込んだ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・僕はこの真面目と云うことは即ち自分が形式に囚われないと云うことであろうと思う。何者にも囚われないで自然人生を見ると云う気持、沁み/″\と感ずる気持が、真のシンセリティの気持である。 かくて始めて風の音を聴いても、音楽を聴いても、他のあら・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・本能も、理性も、この世界にあっては、最も自由に、完美に発達をなし遂げることが出来るのであります。何者の権力を以てしても、この自由を束縛することができない。 私は、童話の世界を考えた時に、汚濁の世界を忘れます。童話の創作熱に魂の燃えた時に・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・一体何者だろう? 俺のように年寄った母親が有うも知ぬが、さぞ夕暮ごとにいぶせき埴生の小舎の戸口に彳み、遥の空を眺ては、命の綱のかせぎにんは戻らぬか、愛し我子の姿は見えぬかと、永く永く待わたる事であろう。 さておれの身は如何なる事ぞ? お・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 厭に邸内をジロ/\覗き歩いて居るが、一体貴様は何者か? 職業は? 住所は?」 で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎよ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫