・・・ そんならパリイには誰がいるかと云うと、あなたより外に知った方はありません。 あなたはわたくしの相談相手になって下さらないわけには参りますまい。わたくし自身に分からない事までも、あなたにはお分かりになりましょう。あなたはお職業柄で女・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・果ては人と人とが物を受け取ったり、物を遣ったりしているのに、己はそれを余所に見て、唖や聾のような心でいたのだ。己はついぞ可哀らしい唇から誠の生命の酒を呑ませて貰った事はない。ついぞ誠の嘆にこの体を揺られた事は無い。ついぞ一人で啜泣をしながら・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・万巻のたくはへなく心は寒く貧くして曙覧におとる事更に言をまたねば、おのづからうしろめたくて顔あからむ心地せられぬ、今より曙覧の歌のみならで其心のみやびをもしたひ学ばや、さらば常の心の汚たるを洗ひ浮世の外の月花を友とせむにつきつきしかるべしか・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・と父が母もまだ伊勢詣りさえしないのだし祖母だって伊勢詣り一ぺんとここらの観音巡り一ぺんしただけこの十何年死ぬまでに善光寺へお詣りしたいとそればかり云っているのだ、ことに去年からのここら全体の旱魃でいま外へ遊んで歩くなんてことはとなりやみんな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・恋愛がそれに価いしないと云うのではなく、正反対に、本当の恋愛は人間一生の間に一遍めぐり会えるか会えないかのものであり、その外観では移ろい易く見える経過に深い自然の意志のようなものが感じられ、又よき恋愛をすることは容易な業ではないと感じている・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
木村は官吏である。 ある日いつもの通りに、午前六時に目を醒ました。夏の初めである。もう外は明るくなっているが、女中が遠慮してこの間だけは雨戸を開けずに置く。蚊の外に小さく燃えているランプの光で、独寝の閨が寂しく見えている。 器・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ こう云っておいて、ツァウォツキイはひょいと飛び出して、外から戸をばったり締めた。そして家の背後の空地の隅に蹲って、夜どおし泣いた。 色の蒼ざめた、小さい女房は独りで泣くことをも憚った。それは亭主に泣いてはならぬと云われたからである・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・武士は例外だが。ただの百姓や商人など鋤鍬や帳面のほかはあまり手に取ッたこともないものが「サア軍だ」と駆り集められては親兄弟には涙の水杯で暇乞い。「しかたがない。これ、忰。死人の首でも取ッてごまかして功名しろ」と腰に弓を張る親父が水鼻を垂らし・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 暗い外で客と話している俥夫の大きな声がした。間もなく、門口の八つ手の葉が俥の幌で揺り動かされた。俥夫の持った舵棒が玄関の石の上へ降ろされた。すると、幌の中からは婦人が小さい女の子を連れて降りて来た。「いらっしゃいませ。今晩はま・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・こう云いさして、大層意味ありげに詞を切って、外の事を話し出した。なんだかエルリングの事は、食卓なんぞで、笑談半分には話されないとでも思うらしく見えた。 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫