・・・しかし、私の発狂の原因を、私の妻の不品行にあるとするに至っては、好んで私を侮辱したものと思われます。私は、最近にその友人への絶交状を送りました。 私は、事実を記すのに忙しい余り、その時の妻が、妻の二重人格にすぎない事を証明致さなかったよ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・非常なる侮辱をでも妻に加えられたように。「なんだってそんな事を言うのだ。そんな事を己に言って、それがなんになるものか。」肩を聳やかし、眉を高く額へ吊るし上げて、こう返事をした。「だって嫌なお役目ですからね。事によったら御気分でもお悪・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・それは今まで自分の良い人だと思った人が、自分に種々迷惑をかけたり、自分を侮辱したりした事があると思い出したのだ、それで心持が悪くなって訳もなく腹を立って来た。シュッチュカは次第に側へ寄って来た。その時百姓は穿いて居る重い長靴を挙げて、犬の腋・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・僕が妻からこんな下劣な侮辱の言を聴くのは、これが初めてであった。「………」よッぽどのぼせているのだろうから、荒立ててはよくないと思って、僕はおだやかに二階へつれてあがった。 茶を出しに来たおかみさんと妻は普通の挨拶はしたが、おかみさ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 考えるとコッチはマダ無名の青年で、突然紹介状もなしに訪問したのだから一応用事を尋ねられるのが当然であるのに、さも侮辱されたように感じて向ッ腹を立てた。然るに先方は既に一家を成した大家であるに、ワザワザ遠方を夜更けてから、挨拶に来られた・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ この一夜の歓楽が満都を羨殺し笑殺し苦殺した数日の後、この夜、某の大臣が名状すべからざる侮辱を某の貴夫人に加えたという奇怪な風説が忽ち帝都を騒がした。続いて新聞の三面子は仔細ありげな報道を伝えた。この夜、猿芝居が終って賓客が散じた頃、鹿・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・またあなたは御自分に対して侮辱を加えた事のない第三者を侮辱して置きながら、その責を逃れようとなさる方でも決してありますまい。わたくしはあなたが、たびたび拳銃で射撃をなさる事を承っています。わたくしはこれまで武器というものを手にした事がありま・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・おまえがたは、久々で帰ってきたものを侮辱するつもりなのか。」と、三人は、青い顔をして怒りました。 みんなは、意外なできごとに驚いて、三人をやっとのことでなだめました。「ちょうど、ここから見ると、あの太陽の沈む、渦巻く炎のような雲の下・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・無智の農民の代弁となり、その生活を詩化することによって階級的侮辱から、また彼等を救わんとさえ試みたのである。 かくの如き、青年や、作家の行動を空想的にすぎぬと言ってしまうことができるであろうか? 行動は、即ち良心なりと信ずるかぎり、この・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・「――あの蓄音機は、士官学校を出て軍人を職業として選んだというただそれだけのことを、特権として、人間が人間に与え得る最大の侮辱を俺たちに与えながら、神様よりも威張ってやがる。おまけに、勝って威張るのは月並みで面白くないというので負けそう・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫