・・・が、そう云う偉い人を知らずにいるのは不本意だったから、その飯田蛇笏なるものの作句を二つ三つ尋ねて見た。赤木は即座に妙な句ばかりつづけさまに諳誦した。しかし僕は赤木のように、うまいとも何とも思わなかった。正直に又「つまらんね」とも云った。する・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・「一体十九世紀の前半の作家はバルザックにしろサンドにしろ、後半の作家よりは偉いですね」客は――自分ははっきり覚えている。客は熱心にこう云っていた。 午後にも客は絶えなかった。自分はやっと日の暮に病院へ出かける時間を得た。曇天はいつか雨に・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・どんな偉い学者であれ、思想家であれ、運動家であれ、頭領であれ、第四階級な労働者たることなしに、第四階級に何者をか寄与すると思ったら、それは明らかに僭上沙汰である。第四階級はその人たちのむだな努力によってかき乱されるのほかはあるまい。・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・食べないとはおまえ偉いねえ。おまえの趣味がそれほどノーブルに洗練されているとは思わなかった。全くおまえは見上げたもんだねえ。おまえは全くいい意味で貴族的だねえ。レデイのようだね。それじゃ僕が……沢本と戸部とが襲いかかる前に瀬古逸早く・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・他の先生方は皆な私より偉いには偉いが年下だ。校長さんもずッとお少い。 こんな相談は、故老に限ると思って呼んだ。どうだろう。万一の事があるとなら、あえて宮浜の児一人でない。……どれも大事な小児たち――その過失で、私が学校を止めるまでも、地・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・お誓は偉い!……落着いている。 そのかわり、気の静まった女に返ると、身だしなみをするのに、ちょっと手間が取れた。 下じめ――腰帯から、解いて、しめ直しはじめたのである。床へ坐って…… ちっと擽ったいばかり。こういう時の男の起居挙・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にもこんな豪い名人がいるかといって感嘆したという噂が載っていた。この噂の虚実は別として、この新聞を見た若い美術家の中には椿岳という画家はどんな豪い芸術家であったろうと好奇心を焔やしたものもまた決・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・普通の常識では豪いか馬鹿かちょっと判断が出来ないが、左に右く島田は普通の人間の出来ない事をするよ――」「それにはYも心から感謝して、その話を僕にした時ポロポロ涙を澪して島田の恩を一生忘れないと泣いていた、」とU氏は暫らくしてから再び言葉・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・昔の偉い人は、みんなそうした人たちでありました。また、小さな日本の国が、大きな国と戦って、勝つことができたのは、日本人にこの精神があったからです。貧乏をしてもけっして曲がった考えを持ってはならないし、困っているものがあったら、自分の二つある・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・ しんぱくは、人間を偉いと思いました。ここへくる人たちは、だれでも、この鉢植えの前に足をとめて、感心して、ながめました。「いい、しんぱくですな。」 木は、みんなが、自分をほめてくれるのでうれしく思いました。いわつばめや、こうもり・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
出典:青空文庫