・・・恐らくは傀儡の女を買う男でも、あの時の己ほどは卑しくなかった事であろう。 とにかく己はそう云ういろいろな動機で、とうとう袈裟と関係した。と云うよりも袈裟を辱めた。そうして今、己の最初に出した疑問へ立ち戻ると、――いや、己が袈裟を愛してい・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・――衝と避けて、立離るる時、その石垣に立掛けたる人形つかいの傀儡目に留る。あやつりの竹の先に、白拍子の舞の姿、美しくたけたり。夫人熟と視て立停る。無言。雨の音。ああ、降って来た。まあ、人形が泣くように、目にも睫毛にも雫がかかってさ。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・それだのに今自分にあの男を自分の欲望の傀儡にしようと思っていたような気がしてならないのは何故だろう。自分は自分の愛するものは他人も愛するにちがいないという好意に満ちた考えで話をしていたと思っていた。しかしその少し強制がましい調子のなかには、・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・聴覚のほうが主になれば役者は材木と布切れで作った傀儡でもよい。人形芝居がすなわちそれである。 しかし、今私がかりにパリへ行ってその屋根の下を流れ渡り、辻の艶歌師を聞いたり、酒場の一隅に陣取ったりしていると想像した場合に、私の眼前に登場す・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・描かんとする人物に対して、著作者の同情深厚ならざるときはその制作は必ず潤いなき諷刺に堕ち、小説中の人物は、唯作者の提供する問題の傀儡たるに畢るのである。わたしの新しき女を見て纔に興を催し得たのは、自家の辛辣なる観察を娯しむに止って、到底その・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 一八三〇年七月革命後、常に蝙蝠傘をもって漫画に描かれた優柔不断のルイ・フィリップがブルジョアジーの傀儡君主として王位についた時、一層凡庸化し、銭勘定に終始する俗人共の世界に反抗して、ユーゴー、ド・ミッセ、デュマ、メリメ、ジョルジュ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫