・・・彼はこの場合、懐手をして二人の折衝を傍観する居心地の悪い立場にあった。その代わり、彼は生まれてはじめて、父が商売上のかけひきをする場面にぶつかることができたのだ。父は長い間の官吏生活から実業界にはいって、主に銀行や会社の監査役をしていた。そ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・丁度その頃、或る処で鴎外に会った時、それとなく噂の真否を尋ねると、なかなかソンナわけには行かないよ、傍観者は直ぐ何でも改革出来るように思うが、責任の位置に坐って見ると物置一つだって歴史があるから容易に打壊す事は出来ない、改革に焦ったなら一日・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・真の傍観者に愛がないということは云えない。一つの事実をじっと凝視するという事は、即ち凝視そのものが私はある意味で愛そのものだと云い得ると思う。この意味から自分の敵に対しても凝視を怠ってはならぬ。 私一個の考から云えば、人を愛するという事・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・そしてそれがまた幼い子供らの柔かい頭にも感蝕して行くらしい状態を、悲しい気持で傍観していねばならなかった。 永い間、十年近い間、耕吉の放埒から憂目をかけられ、その上三人の子まで産まされている細君は、今さら彼が郷里に引っこむ気になったとい・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・後世、傍観者の言葉である。 ミケランジェロだって、その当時は大理石の不足に悲憤痛嘆したのだ。ぶつぶつ不平を言いながらモオゼ像の制作をやっていたのだ。はからずもミケランジェロの天才が、その大理石の不足を償って余りあるものだったので、成功し・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・そういった、アマツール的な気持からは、ただ、太宰治のくるしみを、肉体的に感じてくるばかりで、傍観者として呆然としているばかりである。僕自身へ巣くう生半可な態度は、おそらくいつまでもつづくことと思われます。僕の健康は、人に思われてるほど、わる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「傍観者は、なんとでも言えるさ。僕には、出来ない。君は、嘘つきだ。」 私は、むっとした。「じゃ、これから君は、どうするつもりなんだい。わかり切った事じゃないか。いつまでも、川で泳いでいるつもりなのか。帰るより他は無いんだ。元の生・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・という工合いによその人が、田舎の人の暮しを傍観して述懐したもののように解しているようだが、それだったら、実に、つまらない句だ。「此筋」も、いやみったらしいし、「お金が無いから不自由だろう」という感想は、あまりにも当然すぎた話で、ほとんど無意・・・ 太宰治 「天狗」
・・・従って観客はもはや傍観者ではなくてみずからその場面の中に侵入し没入して演技者の一人になってしまうのである。それで、おもしろいことには、劇や舞踊の現象自身は三次元空間的であるにかかわらず、観客の位置が固定しているためにその視像は実に二次元的な・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 最も抒情的なものと考えられる詩歌の類で、普通の言い方で言えば作者の全主観をそのままに打ち出したといったようなものでも、冷静な傍観者から見れば、やはり立派な実験である。ただ他の場合と少しちがうことは、この場合においては作者自身が被試験物・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫