・・・現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に立った時から、別人のように口数の少い、沈んだ顔色をしているのだった。が、兵は皆思いのほか、平生の元気を失わなかった。それは一つには日本魂の力、二つには酒の力だった。 しばらく行進を続けた後、隊は石・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 監督を先頭に、父から彼、彼から小作人たちが一列になって、鉄道線路を黙りながら歩いてゆくのだったが、横幅のかった丈けの低い父の歩みが存外しっかりしているのを、彼は珍しいもののように後から眺めた。 物の枯れてゆく香いが空気の底に澱んで・・・ 有島武郎 「親子」
・・・彼れが鞭とあおりで馬を責めながら最初から目星をつけていた先頭の馬に追いせまった時には決勝点が近かった。彼れはいらだってびしびしと鞭をくれた。始めは自分の馬の鼻が相手の馬の尻とすれすれになっていたが、やがて一歩一歩二頭の距離は縮まった。狂気の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その頃にフランシス――この間まで第一の生活の先頭に立って雄々しくも第二の世界に盾をついたフランシス――が百姓の服を着て、子供らに狂人と罵られながらも、聖ダミヤノ寺院の再建勧進にアッシジの街に現われ出した。クララは人知れずこの乞食僧の挙動を注・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 落雁を寄進の芸妓連が、……女中頭ではあるし、披露めのためなんだから、美しく婀娜なお藻代の名だけは、なか間の先頭にかき込んでおくのであった。 ――断るまでもないが、昨日の外套氏の時の落雁には、もはやお藻代の名だけはなかった。――・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 不意に打つかりそうなのを、軽く身を抜いて路を避けた、お米の顔に、鼻をまともに突向けた、先頭第一番の爺が、面も、脛も、一縮みの皺の中から、ニンガリと変に笑ったと思うと、「出ただええ、幽霊だあ。」 幽霊。「おッさん、蛇、蝮?」・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ なれない人たちには、荒れないような牛を見計らって引かせることにして、自分は先頭に大きい赤白斑の牝牛を引出した。十人の人が引続いて後から来るというような事にはゆかない。自分は続く人の無いにかかわらず、まっすぐに停車場へ降りる。全く日は暮・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・そして、夜になると彼らの一群は、しばらく名残を惜しむように、低く湖の上を飛んでいたが、やがて、Kがんを先頭に北をさして、目的の地に到達すべく出発したのであります。それは、星影のきらきらと光る、寒い晩のことでありました。・・・ 小川未明 「がん」
・・・金色にまぶしくふちどられた雲の一団が、その前を走っていました。先頭に旗を立て、馬にまたがった武士は、剣を高く上げ、あとから、あとから軍勢はつづくのでした。じいさんは、いまから四十年も、五十年も前の少年の時分、戦争ごっこをしたり、鬼ごっこをし・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・めて、馬の背中にぴたりと体をつけたまま、手綱をしゃくっている騎手の服の不気味な黒と馬の胴につけた数字の1がぱっと観衆の眼にはいり、1か7か9か6かと眼を凝らした途端、はやゴール直前で白い息を吐いている先頭の馬に並び、はげしく競り合ったあげく・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫