・・・そう云われて見れば、成程一年ばかりの間に、いくら『愛のある結婚』をしたからと云って、急に彼の性情が変化する筈もないと思いましたから、それぎり私も別段気にとめないで、『じゃ光線のせいで顔色がよくないように見えたのだろう』と、笑って済ませてしま・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ステインド・グラスから漏れる光線は、いくつかの細長い窓を暗く彩って、それがクララの髪の毛に来てしめやかに戯れた。恐ろしいほどにあたりは物静かだった。クララの燃える眼は命の綱のようにフランシスの眼にすがりついた。フランシスの眼は落着いた愛に満・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・その人々は大人も子供も大人になり掛かった子供も、皆空気と温度と光線とに酔って居る人達で、叫んだり歌を謡ったり笑ったりして居る。 その中でこの犬と初めて近づきになったのは、ふと庭へ走り出た美しい小娘であった。その娘は何でも目に見えるものを・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・路傍の藪でなく、寺の屋根でもなく、影でなく、日南でなく、土の凸凹でもなく、かえって法廷を進退する公事訴訟人の風采、俤、伏目に我を仰ぎ見る囚人の顔、弁護士の額、原告の鼻、検事の髯、押丁等の服装、傍聴席の光線の工合などが、目を遮り、胸を蔽うて、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけた処、僕は民子が一心入日を拝むしおらしい姿が永く眼に残ってる。 二人が余念なく話をしながら帰ってくると、背戸口の四つ目垣の外にお増がぼんやり立って、こっちを見て居る。民子は小・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・周囲を杉の皮で張って泥絵具で枝を描き、畳の隅に三日月形の穴を開け、下から微かに光線を取って昼なお暗き大森林を偲ばしめる趣向で、これを天狗部屋と称していた。この人の顔さえ定かならぬ薄暗い室に端座してベロンベロンと秘蔵の琵琶を掻鳴らす時の椿岳会・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・しかしてエネルギーは太陽の光線にもあります。海の波濤にもあります。吹く風にもあります。噴火する火山にもあります。もしこれを利用するを得ますればこれらはみなことごとく富源であります。かならずしも英国のごとく世界の陸面六分の一の持ち主となるの必・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・また一つの窓からは、うすい桃色の光線がもれて、路に落ちて敷石の上を彩っていました。よい音色は、この家の中から聞こえてきたのであります。 さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 廊下の灯りも消えているので、外から射し込んで来る光線もなく、途端に真暗闇になった。 手さぐりでもとの椅子に戻ると、小沢は濡れた服を寝巻に着更えると、眼を閉じた……。 外は相変らずの土砂降りだった。 何か焦躁の音のような、そ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そのプツプツした空気、野獣のような匂い、大気へというよりも海へ射し込んで来るような明らかな光線――ああ今僕はとうてい落ちついてそれらのことを語ることができない。何故といって、そのヴィジョンはいつも僕を悩ましながら、ごく稀なまったく思いもつか・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
出典:青空文庫