・・・ 日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひび割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白堊の海岸を歩いているような気がするのでした。 町の小学校でも・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・けれども、この次の作品に期待される発展のために希望するところが全くない訳ではない。 溝口健二は、「愛怨峡」において非常に生活的な雰囲気に重点をおいている。従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・『全くほんとの事なんであなた、神様もご照覧あれ。全くもって、全くもって、嘘なら命でも首でも。わたしはどこまでも言い張ります。』 市長はなおも言いたした、『お前はその手帳を拾った後で、まだ手帳から金がこぼれて落ちてはおらぬかとそこ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・貴殿らはそれがしを乱心者のように思われるであろうが、全くさようなわけではない。父弥一右衛門は一生瑕瑾のない御奉公をいたしたればこそ、故殿様のお許しを得ずに切腹しても、殉死者の列に加えられ、遺族たるそれがしさえ他人にさきだって御位牌に御焼香い・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・あの頃わたくし全くあなたに惚れていましたの。ですからあなたの長所が平生の倍以上になったのがどんなにか嬉しゅうございましたでしょう。 男。なるほど。旨くたくらんだものですね。しかしやっぱり女の智慧です。 女。なぜでございますの。 ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・手首の太いのや眼光のするどいのは全くそのためだろう。けれど今あからさまにその性質を言おうなら、なるほど忍藻はかなり武芸に達して、一度などは死にかかっている熊を生捕りにしたとて毎度自慢が出たから、心も十分猛々しいかと言うに全くそうでもない。そ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこのルーレットが、どの人間の中にも一つずつあるという鵜飼い――およそ誰でも、自分が鵜であるか、鵜の首を握っている漁夫である・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・当時のカピタンたちの語るところによると、初めてギネア湾にはいってワイダあたりで上陸した時には、彼らは全く驚かされた。注意深く設計された街道が、幾マイルも幾マイルも切れ目なく街路樹に包まれている。一日じゅう歩いて行っても、立派な畑に覆われた土・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫