・・・家人の緊張は、その日より今にいたるまで、なかなか解止せず、いつの間にやら衣紋竹を全廃していた。なるほどな、とそのときはじめて気づいたことだが、かの衣紋竹にぞろっと着物かかって居るかたちは、そっくり、あの姿そのままでございました。そのほかにも・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むような、あんなふしをつけて大声で読みわめきつづけている一受験狂に、勉強やめよ、試験全廃だ、と教えてやったら、一瞬ぱっと愁眉をひらいた。うしろ姿のおせん様というあだ名の、セル着たる二十五歳・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・前に中学卒業試験全廃を唱えたのは、つまりこうして高等教育の関門を打破する意味と思われる。尤も彼も全然あらゆる能力験定をやめるというのではない。医科学生になるための予備試験などは止めた方がいいが、しかし将来教師になろうという人で、見込のないよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・これは涜職者を出すから小学校長を全廃せよ、腐った牛肉で中毒する人があるから牛肉を食うなというような議論ではないかと思われる。 こんな事件が起るよりずっと以前から「博士濫造」という言葉が流行していた。誰が云い出した言葉か知れないが、こうい・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・際そういう家屋の存在を認容していた総督府当事者の責任を問うて、とがめ立てることもできないことはないかもしれないが、当事者の側から言わせるとまたいろいろ無理のない事情があって、この危険な土角造りの民家を全廃することはそう容易ではないらしい。何・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・それならばまだまだ安全であるが、排泄物をなくするために食物を全廃すれば餓死するより外はない。 鉛をかじる虫も、人間が見ると能率ゼロのように見えても実はそうでなくて、虫の方で人間を笑っているかもしれない。人間が山から莫大な石塊を掘りだして・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・ こんな好い加減の目の子勘定を並べてありふれの年賀状全廃説を称えていたが、本当はそういう国家社会の問題はどうでもよいので、実際はただせっかくの書きいれ時の冬の休みをこれがために奪われるのが彼の我儘に何より苦痛であったのである。 字を・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ 争議が解決した後も、いっその事思い切って従業員の制服を全廃して思い思いの背広服ないし和服着流しにする事を電気局に建言したらどうかと思ってみたのであった。 十 このごろ、熱帯魚を売る店先を通るときはたいていい・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・あるいは新聞の存在を余儀なくし、新聞の内容を供給している現代文化そのものがこれらの原因になっていると言ったほうが妥当かもしれないが、それはいずれにしても、私はあらゆる日刊新聞を全廃する事によって、この世の中がもう少し住みごこちのいいものにな・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ 余の如く機械的の便利には夫程重きを置く必要のない原稿ばかり書いているものですら、又買い損なったか、使い損なったため、万年筆には多少手古擦っているものですら、愈万年筆を全廃するとなると此位の不便を感ずる所をもって見ると、其他の人が価の如・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
出典:青空文庫