・・・と言う共同風呂がある、その温泉の石槽の中にまる一晩沈んでいた揚句、心臓痲痺を起して死んだのです。やはり「ふ」の字軒の主人の話によれば、隣の煙草屋の上さんが一人、当夜かれこれ十二時頃に共同風呂へはいりに行きました。この煙草屋の上さんは血の道か・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・僕は或る夏の暮れ方、本所の一の橋のそばの共同便所へ入つた。その便所を出て見ると、雨がぽつ/\降り出してゐた。その時、一の橋とたてがはの川の色とは、そつくり広重だつたといつてもいゝ。しかし、さういふ景色に打突かることは、まあ、非常に稀だらうと・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・ 夫婦が行き着いたのは国道を十町も倶知安の方に来た左手の岡の上にある村の共同墓地だった。そこの上からは松川農場を一面に見渡して、ルベシベ、ニセコアンの連山も川向いの昆布岳も手に取るようだった。夏の夜の透明な空気は青み亘って、月の光が燐の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・俺たちは今俺たちの共同の敵なるフィリスティンと戦わねばならぬ時が来た。青島、おまえと堂脇との遭遇戦についても簡単に報告しろよ。青島 僕はかまわず堂脇の家の広い庭にはいりこんで画を描いていてやった。そうしたら堂脇がお嬢さんを連れて散歩に・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・そこでわれわれがこれを読みますときに「アア、とても私にはそんなことはできない、今ではアメリカへ行っても金はもらえまい、また私にはそのように人と共同する力はない。私にはそういう真似はできない、私はとてもそういう事業はできない」というて失望しま・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、新理想に輝く、社会建設の道へ、強い、真理と正義心との握手から、男女共同の事業に行くべきことが予期されている。 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・道頓堀川の岸へ下って行く階段の下の青いペンキ塗の建物は共同便所でした。芋を売る店があり、小間物屋があり、呉服屋があった。「まからんや」という帯専門のその店の前で、浜子は永いこと立っていました。 新次はしょっちゅう来馴れていて、二つ井戸な・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
一 子供のときから何かといえば跣足になりたがった。冬でも足袋をはかず、夏はむろん、洗濯などするときは決っていそいそと下駄をぬいだ。共同水道場の漆喰の上を跣足のままペタペタと踏んで、ああええ気持やわ。それが年ごろになっても止まぬの・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 浴場は石とセメントで築きあげた、地下牢のような感じの共同湯であった。その巌丈な石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳り抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉に涵りながら「・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・行くのが見え、私はそれがおおかた村の人が温泉へはいりにゆく灯で、温泉はもう真近にちがいないと思い込み、元気を出したのにみごと当てがはずれたことや、やっと温泉に着いて凍え疲れた四肢を村人の混み合っている共同湯で温めたときの異様な安堵の感情や、・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫