○ 東葛飾の草深いあたりに仮住いしてから、風のたよりに時折東京の事を耳にすることもあるようになった。 わたくしの知っていた人たちの中で兵火のために命を失ったものは大抵浅草の町中に住み公園の興行もの・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・春桃は、向高と自分とは天地も拝せず三々九度の盃も交さず、ただ故郷の兵火に追われて偶然遁げのびて来た道づれの男女が、とも棲みしているばかりだと主張していた。しきたり通りの婚礼をした春桃の良人は李茂という男だった。やっと婚礼の轎が門に入ったばか・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・それだのに、どうしてその戦争に対する恐怖の激しさに相当するだけの、きっぱりした戦争拒否の発言と平和の要望が統一された世論としてあらわれて来ないのだろう。兵火におびえる昔の百姓土民のように、あわれにこそこそと疎開小包をつくるよりさきに、わたし・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫