・・・山科や円山の謀議の昔を思い返せば、当時の苦衷が再び心の中によみ返って来る。――しかし、もうすべては行く処へ行きついた。 もし、まだ片のつかないものがあるとすれば、それは一党四十七人に対する、公儀の御沙汰だけである。が、その御沙汰があるの・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・夜の靄が遠くはぼかしていた。円山、それから東山。天の川がそのあたりから流れていた。 喬は自分が解放されるのを感じた。そして、「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。 五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足も・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・植物園や円山公園や大学構内は美しい。楡やいろいろの槲やいたやなどの大木は内地で見たことのないものである。芝生の緑が柔らかで鮮やかで摘めば汁の実になりそうである。鮭が林間の小河に上って来たり、そこへ熊が水を飲みに来ていた頃を想像するのは愉快で・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・漱石が教師をやめて、寒い京都へ遊びに来たと聞いたら、円山へ登った時を思い出しはせぬかと云うだろう。新聞屋になって、糺の森の奥に、哲学者と、禅居士と、若い坊主頭と、古い坊主頭と、いっしょに、ひっそり閑と暮しておると聞いたら、それはと驚くだろう・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ 雁宕久しく音づれせざりければ有と見えて扇の裏絵覚束な 波翻舌本吐紅蓮閻王の口や牡丹を吐かんとす 蟻垤蟻王宮朱門を開く牡丹かな浪花の旧国主して諸国の俳士を集めて円山に会筵しける時萍を吹き集・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 円山の方へ向って行く。往来が疎らになった彼方から、女が二人来た。ぼんやり互の顔が見分けられる近さになると、大きな声で一方が呼びかけた。「ゲンコツァン!」 桃龍とも一人、彼等の余りよく知らない女であった。「――おふれまいか?・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・これは疑いもなく武士や貴族が能や円山派の大名好みの絵などを好んだに対して、当時斬り捨て御免の境遇におかれてあった町人がその生活から決して彼らと同じ趣味を持つことができず、独特の文学や音楽、芝居などを作った証拠である。同じ封建時代でも威張るも・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
出典:青空文庫