・・・しかし、彼はもっと冷酷に、どんなにひどいことでも平気でそれを見つめて居れるようになりたいと云っている。それがリアリストというもんかな? 彼には、人の悪い、鷹のようなところがある。自分では理由をつけて俺等は、多くの屍をふみ越して、その向うへ進・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・大内義弘亡滅の後は堺は細川の家領になったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・人間の本性というものは或いはもともと冷酷無残のものなのかも知れません。肉体が疲れて意志を失ってしまったときには、鎧袖一触、修辞も何もぬきにして、袈裟がけに人を抜打ちにしてしまう場合が多いように思われます。悲しいことですね。この「女の決闘」と・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人生の冷酷な悪戯を、奇蹟の可能を、峻厳な復讐の実現を、深山の精気のように、きびしく肌に感じたのだ。しどろもどろになり、声まで嗄れて、「よく来たねえ。」まるで意味ないことを呟いた。絶えず訪問客になやまされている人の、これが、口癖になってい・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ろう、ひどいめに逢ったのう、可哀そうに可哀そうに、と言い、兄の手に渡すとまた捨てられるにきまっているから、これは弟のおもちゃという事にしましょう、と笑いながら言って父に承諾させ、そうしてその犬は、私の冷酷に依って殺されかけたのを母の情で一命・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・女は、こうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。「殺すのか」私は、ぎょっとした。「もう少しの我慢じゃないか」 私たちは、三鷹の家主からの速達を一心に待っていた。七月末には、できるでしょうという家主の言葉であったのだが、七月もそろそろおし・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ 故郷の人たちは、魚容が帰って来ても、格別うれしそうな顔もせず、冷酷の女房は、さっそく伯父の家の庭石の運搬を魚容に命じ、魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したり曳いたり担いだりして運び、「貧して怨無きは難・・・ 太宰治 「竹青」
・・・薄情冷酷と云うではないが、苦い思いや鋭い悲しみも一日経てば一日だけの霞がかかる。今電車の窓から日曜の街の人通りをのどかに見下ろしている刻下の心持はただ自分が一通りの義務を果してしまった、この間中からの仕事が一段落をつげたと云うだけの単純な満・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・こういう批評は恐ろしく無責任な冷酷なものとして神経過敏な出品者の不快な反感を買うかもしれない。しかしこの種の批評は必ずしも無責任とは云えない、ただ当然な事実の正直な告白に過ぎない。赤と緑の光を混じたものを見て灰色だというのはどうにもならない・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・猫に対する細君の待遇は、そのままに彼自身に対する待遇である。猫に対する冷酷はすなわち夫に対する冷酷ではあるまいか。 こう考えると私はこの男を笑う気にはどうしてもならなくなった。 十 芝生に水をやるのに・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫