・・・それも月の十日と二十日は琴平の縁日で、中門を出入する人の多少は通るが、実、平常、此町に用事のある者でなければ余り人の往来しない所である。 少女はぬけろじを出るや、そっと左右を見た。月は中天に懸ていて、南から北へと通った此町を隈なく照らし・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 坑夫の門鑑出入がやかましいのは、Mの狡猾な政策から来ていた。 しかし、いくらやかましく云っても、鉱山だけの生活に満足出来ない者が当然出て来る。その者は、夜ぬけをして都会へ出た。だが、彼等を待っているのは、頭をはねる親方が、稼ぎを捲・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・彼女の周囲にあった親しい人達は、一人減り、二人減り、長年小山に出入してお家大事と勤めて呉れたような大番頭の二人までも早やこの世に居なかった。彼女は孤独で震えるように成ったばかりでなく、もう長いこと自分の身体に異状のあることをも感じていた。彼・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・尤も、親しげに言葉の取換される様子を見たというまでで、以前家に置いてあった書生が彼女の部屋へ出入したからと言って、咎めようも無かったが……疑えば疑えなくもないようなことは数々あった……彼は鋭い刃物の先で、妻の白い胸を切開いて見たいと思った程・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・AMADEUS HOFFMANN 路易第十四世の寵愛が、メントノン公爵夫人の一身に萃まって世人の目を驚かした頃、宮中に出入をする年寄った女学士にマドレエヌ・ド・スキュデリイと云う人があった。「労働」KARL SCHOENHERR・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そして文士の出入する珈琲店に行く。 そこへ行けば、精神上の修養を心掛けていると云う評を受ける。こう云う評は損にはならない。そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・俄かに博士の態度が変って行ったように――そういう嫌疑を持っている人間に邸に出入されては困るというように思っているらしく勇吉には邪推された。 勇吉はいても立ってもいられないような気がした。「貯金はすぐなくなって了うし……。」 勇吉・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・なんでもホテルではおれを探偵だと思ったらしい。出入をするたびに、ホテルの外に立っている巡査が敬礼をする。 翌日は休日である。議会は休みのはずである。その翌日から予算が日程に上ぼっていて、大分盛んな議論があるらしい。その晩は無事に済んだ。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・昔ベルリン留学中かの地の地埋学教室に出入していたころ、一日P教授が「おもしろいものを見せてやろう」といって見せてくれたのは、シナの某地の地形図であった。やはり二十メートルごとぐらいの等高線を入れてあったが、それが一見してほとんどいいかげんな・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・この人がなかなか出来た人で、まだ少尉でいる時分に、○○大将のところへ出入していたものと見える。処が大将の孃さまの綾子さんというのが、この秋山少尉に目をつけたものなんだ。これで行く度に阿母さんが出て来て、色々打ち釈けた話をしちゃ、御馳走をして・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫