・・・五反田の、島津公分譲地の傍に三十円の家を借りて住んだ。Hは甲斐甲斐しく立ち働いた。私は、二十三歳、Hは、二十歳である。 五反田は、阿呆の時代である。私は完全に、無意志であった。再出発の希望は、みじんも無かった。たまに訪ねて来る友人達の、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・は、駒沢の奥のひっそりした分譲地の借家に暮していたころ、その分譲地のいくつかの小道をへだてたところにある一つの瀟洒たる家におこったことであった。「小村淡彩」「一太と母」「帆」「街」はどれも一九二五年から二六年ごろにかかれた。日本の文学に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・そんな噂があって、区画整理した分譲地もそこここまばらに住む人が出来ただけで数年が経過していた。すると、一昨年あたりから、地価の方はどうなったのか知らないが、今まで草蓬々としていた四角や長方形やらの空地の上に、いろいろな形の家が、いずれもとり・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ 須藤さんの杉林は分譲地となって邸宅が並び、松平さんの空地は、九尺ばかりのコンクリート塀で囲われた。藤堂さんの森だったところは何軒も二階建の貸家が建ち並んでいる。表通りの小さい格子戸の家々の一画はとり払われて、ある大きい実業家の屋敷とな・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・土地の発展、時代の趨勢と称する土地分譲は、根に大きな底潮を持っている。迅く流れる河ばかり視ていると目がまわる。そのように、ああいうところに住んでは閉口と思うのである。 然しながら、それなら平穏なここがよいかと訊かれたら、私は直ぐ返事する・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・ 後年渡辺治衛門というあかじや銀行のもち主がそこを買いしめて、情趣もない渡辺町という名をつけ、分譲地にしたあたり一帯は道灌山つづきで、大きい斜面に雑木林があり、トロッコがころがったりしている原っぱは広大な佐竹ケ原であった。原っぱをめぐっ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・それも主として日本画の贋物が多いということ、東京郊外の畑や藪が分譲となっておどろくばかりの売れ行を示しているということ。市内のデパートで百円以上の反物が飾窓に出されて数時間のうちに売れてしまうということ、角力と芝居と花柳界の繁昌は未曾有であ・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・とある坂の途中に近頃開拓された分譲地のところへ来ると、彼等は思わずどっちからともなくそこへ立ち止った。「何て感じでしょう!」 截りたての石で直線に畳まれた新しい石垣の層々の面に隈なく月が灌いでいて、柔かい土の平らな湿った黒さ、樹木の・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・伯爵某々が下賜された土地小住宅とともに十五年年賦で分譲する。希望者は事務所へ照会せよ。 ホワイト・チャペル通の交叉点を過ると、街の相貌がだんだん違って来た。家並が低くなった。木造二階家がよろめきながら立っている。往来はひろがり、タク・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫