・・・ 赤ら顔は悪く切口上で、「旦那、どちらの麁そそうか存じましないけれども、で、ございますね。飛んだことでございます。この娘は嫁にやります大切な身体でございます。はい、鍵をお出し下さいまし、鍵をでございますな、旦那。」 声が眉間を射・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・女中さんにも、棒を呑んだような姿勢で、ひどく切口上な応対をしていた。自分ながら可笑しかったが、急にぐにゃぐにゃになる事も出来なかった。食事の時も膝を崩さなかった。ビイルを一本飲んだ。少しも酔わなかった。「この島の名産は、何かね。」「・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・「第一あの切口上が堪らない」彼は心の中でむかついた。「変に黒く光る眼じゃあないか、無智極るくせに押のつよい。放って置けばのしかかるし、何か云うと直さまあわてて、はい、はいの連発だ。――度し難い奴だ」「お前も何だな」 やがて彼は白・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・卑屈なりに今日は精一杯の抗議感を、その切口上のうちに表現しようと力をこめているのが私にまで感じられるのであった。 主任はいろいろきいている。しかし実は何もする気でない事は、その顔つきで分っている。傍できいていて自分は、この父親の態度が歯・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 小さい堅気の女中は切口上で「女工さんでございます」と答えた。山のある町の人々は、工場の煙突を見なれたように、此那こともみんな見馴れて居るのだろう。町をひたす切な若々しい色彩の氾濫も、引潮の夜、思いがけぬ屋根の下でそれ等千代紙の・・・ 宮本百合子 「町の展望」
出典:青空文庫