・・・ところが、修理は、これを聞くと、眼の色を変えながら、刀の柄へ手をかけて、「佐渡守殿は、別して、林右衛門めを贔屓にせられるようでござるが、手前家来の仕置は、不肖ながら手前一存で取計らい申す。如何に当時出頭の若年寄でも、いらぬ世話はお置きなされ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・とて、無色無形の実体にて、間に髪を入れず、天地いつくにも充満して在ませども、別して威光を顕し善人に楽を与え玉わんために「はらいそ」とて極楽世界を諸天の上に作り玉う。その始人間よりも前に、安助とて無量無数の天人を造り、いまだ尊体を顕し玉わず。・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・はじめ、別して酔った時は、幾度も画工さんが話したから、私たちはほとんどその言葉通りといってもいいほど覚えている。が、名を知られ、売れッこになってからは、気振りにも出さず、事の一端に触れるのをさえ避けるようになった。苦心談、立志談は、往々にし・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・人間が見て、俺たちを黒いと云うと同一かい、別して今来た親仁などは、鉄棒同然、腕に、火の舌を搦めて吹いて、右の不思議な花を微塵にしょうと苛っておるわ。野暮めがな。はて、見ていれば綺麗なものを、仇花なりとも美しく咲かしておけば可い事よ。三の・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・その貴方様、水をフト失念いたしましたから、精々と汲込んでおりまするが、何か、別して三右衛門にお使でもござりますか、手前ではお間には合い兼ね……」 と言懸けるのを、遮って、傾けたまま頭を掉った。「いや、三右衛門でなくってちょうど可いの・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・――「……なれども、おみだしに預りました御註文……別して東京へお持ちになります事で、なりたけ、丹、丹精を抽んでまして。」 と吃って言う。「あなた、仏様に御丹精は、それは実に結構ですが、お礼がお礼なんですから、お骨折ではかえって恐・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・(がぶりと呑んで掌別して今日は御命日だ――弘法様が速に金ぴかものの自動車へ、相乗にお引取り下されますてね。万屋 弘法様がお引取り下さるなら世話はないがね、村役場のお手数になっては大変だ。ほどにしておきなさいよ。(店の内に入人形使 (・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・近代の忙だしい騒音や行き塞った苦悶を描いた文芸の鑑賞に馴れた眼で見るとまるで夢をみるような心地がするが、さすがにアレだけの人気を買った話上手な熟練と、別してドッシリした重味のある力強さを感ぜしめるは古今独歩である。 二 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ その鉄砲は旧式で粗末なものであるがこれを使用する技術は多年の熟練でなかなか巧みなものである。別して鹿狩りについてはつの字崎の地理に詳しく犬を使うことが上手ゆえ、われら一同の叔父たちといえども、素人の仲間での黒人ながら、この連中に比べて・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 酒の上の管ではないが、夫婦というものは大して難有いものでは無い。別してお政なんぞ、あれは升屋の老人がくれたので、くれたから貰ったので、貰ったから子が出来たのだ。 母もそうだ、自分を生んだから自分の母だ、母だから自分を育てたのだ。そ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫