・・・しかし用心をしろと云ったって別段用心の仕様もないから打ち遣って置くから構わないが、うるさいには閉口だ」「そんなに鳴き立てるのかい」「なに犬はうるさくも何ともないさ。第一僕はぐうぐう寝てしまうから、いつどんなに吠えるのか全く知らんくら・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・されどもこれらは非常別段のこととして、ここにその差支のもっともはなはだしく、もっとも広きものあり。すなわち他にあらず、身代の貧乏、これなり。およそ日本国中の人口三千四、五百万、戸数五、六百万の内、一年に子供の執行金五十円ないし百円を出して差・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・主人の方こそ却て苦労多かる可し、下女下男にも人物様々、時としては忠実至極の者なきに非ざれども、是れは別段のことゝして、本来彼等が無資産無教育なる故にこそ人の家に雇わるゝことなれば、主人たる者は其人物如何に拘らず能く之を教え之を馴らし、唯親切・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・大学士は別段気にもとめず、手を延ばして状袋をさらい、自分の衣嚢に投げこんだ。「では何分とも、よろしくお願いいたします。」そして「貝の火兄弟商会」の、赤鼻の支配人は帰って行った。次の日諸君のうちの誰かは、きっと・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・一昨日別段気にもとめなかった、小さなその門は、赤いいろの藻類と、暗緑の栂とで飾られて、すっかり立派に変っていました。門をはいると、すぐ受付があって私たちはみんな求められて会員証を示しました。これはいかにも偏狭なやり方のようにどなたもお考えで・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・あちらにはまる一年位いただけですが、それからずっと、日本へ帰ってからも、全体で四五年は仕事らしいこともしませんでした。別段怠けていたというのではありませんが、家庭を持つと、女の人はどうしても、生活が二つに分かれることはまぬがれないようです。・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・尤も、そばにいられてはいやですけれど、遠くから見るなら別段いやとも思いません。毛虫なぞ綺麗じゃありませんか。そういえば、どんなに綺麗な蛾にしても、灯のまわりを煩さく飛びまわられては嫌いです。嫌いといえば、何よりもたまらないのはノミ。・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・それは鋤に寄りかかる癖があるからで、それでまた左の肩を別段にそびやかして歩み、体格が総じて歪んで見える。膝のあたりを格別に拡げるのは、刈り入れの時、体躯のすわる身がまえの癖である。白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワし・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 九郎右衛門が事に就いては、酒井忠学から家老本多意気揚へ、「九郎右衛門は何の思召も無之、以前之通可召出、且行届候段満足褒美可致、別段之思召を以て御紋附麻上下被下置」と云う沙汰があった。本多は九郎右衛門に百石遣って、用人の上席にした。りよ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・だって十四にしかならないんですから。別段大した悦も苦労もした事がないんですもの。ダガネ、モウ少し過ぎると僕は船乗になって、初めて航海に行くんです。実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかの・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫