去年の暮、福田恆存は、一九四九年を通観して、「知識人の敗北」の年と概括をした。これは、評論家としての氏にとって、きわめて意味のふかい一つの刻みめを印した発言となった。なぜならば、一九四九年の日本の現実は、混乱しながらもそこ・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・その門から処女製作のソヴェト・フォード第一号が、歓呼の声に送られて動き出した時の光景は、ソヴキノの映画ニュースをとおして、モスクワの労働者の胸にまでつよく刻みこまれている。 ニージュニに新しくソヴェト・フォード製作工場が出来たという事実・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そればかりでなく、出てゆく当人も出入りにつけて、自分を祝う旗のとなりに語られている事の在りようを目から心へ刻み直される始末である。 町会か或は在郷軍人会の、そういうところの人々がより合って、名誉を記念する方法を講じたとき、こういう情景が・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・実際に百貨店の娘さんたちの動きを見ていると、陳列台や勘定台の間を終始動いている動きは、劇しくせわしいけれども、動きそのものとして実に小刻みで小さい。若い脚がのびたいだけ伸ばされ、しなやかな背中が向きたいだけ大きく向きかわって闊達に動作してい・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・という字は深く心に刻みこまれたのだった。「日本脱出」は、考えてみれば、白鳥のなぐさみにつけられた題ばかりでなく、日本のきょうの文学に、むしろ、文学の若いジェネレーションに大きいかかわりをもっている。十数年にわたった過去の戦争の年々、人間・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
父かたの祖母も母かたの祖母も八十を越えるまで存命だったので、どちらも私の思い出のなかにくっきりとした声や姿や心持ちを刻みのこしているが、祖父となると両方とも大変早く没している。 父かたの祖父は私が生れた時分、もう半身の・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・をもつ評論家が作家のタイプに関心をひかれて、タイプの共通にかかわらずそこに模する本質的なものについて余り注目を深めなかったり、歪曲された功用論への是正としての芸術本質論の方法において、文学の経た歴史の刻みを逆に辿る形をより強く示めさざるを得・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・冴え冴えとした夜の明りは、何ヵ月も薄くらがりにかくしていた家の様子をはっきりと目に見させ、それとともに、この灯の下に、団欒から永久にかけてしまった、いとしい者のあることをも、今さら身に刻みこむ鮮やかさで思い知らされたのであった。灯のついたは・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・バケツをかぶらされてそこの焼あとにのこっている大理石の鴎外は、通りすがった私の胸に刻みこまれた。 時を経た今、その焼あとは清潔なおかぼの畑になっている。夏の頃日に日に伸びるそのおかぼ畑の中で、大理石の鴎外は無帽の髪に夜つゆをうけていた。・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・アルプス登攀列車は、一刻み、一刻み毎に、しっかり噛み合って巨大な重量を海抜数千メートルの高み迄ひき上げてゆく堅牢な歯車をもっている。わたし達が近代的外皮に装われた最も悪質な封建性から自身の全生活を解放して、民主主義に立つ眺望ひろい人生を確保・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
出典:青空文庫