・・・ 扱帯の下を氷で冷すばかりの容体を、新造が枕頭に取詰めて、このくらいなことで半日でも客を断るということがありますか、死んだ浮舟なんざ、手拭で汗を拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・られた当時、墨の色もはっきりと読取られたものであるが、軟かい石の性質のためか僅か五年の間に墨は風雨に洗い落され、碑石は風化して左肩からはすかいに亀裂がいり、刻みこまれた字は読み難いほど石がところどころ削げ落ちている。自分などよりは文学の上で・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・今はもう四十五六にもなって、しばらくやっていた師匠を止めて、ここの世話をやきに来ているのであったが、地蔵眉毛が以前より目立って頬は殺げたけれど、涼しい目や髪には、お婆さんらしいところは少しもなかった。丈はすらりとした方だが、そう大きくもなく・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫