・・・ 鯖ヒゲの中隊長が注意を繰かえした。 前線から帰ってくる将校斥候はロシヤ人や、ロシアの大砲を見てきたような話をした。「本当かしら?」 和田達多くの者は、麻酔にかかったように、半信半疑になった。「ロシヤが、武器を供給したん・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・しかし彼の古いティンダル効果の研究はいつのまにか現在物理学の前線へ向かってひそかにからめ手から近づきつつあった。研究資金にあまり恵まれなかった彼は「分光器が一つあるといいがなあ」と嘆息していた。そうして、やっと分光器が手に入って実験を始める・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・のためにほんの少しばかり消防が手おくれになって、そのために誤ってある程度以上に火流の前線を郭大せしめ、そうしてそれを十余メートルの烈風があおり立てたとしたら、現在の消防設備をもってしても、またたいていの広い火よけ街路の空間をもってしてもはた・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・「こわいもの見たさというか、男の虚栄心からか」前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案内し、見聞させ「戦争がその姿をあらわして来た」と亢奮をも味わせている。軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・兵営と前線生活では婦人のすることがすべて不幸な召集された男の手によってされていた。銃後では、家庭を破壊されたすべての哀れな女性が、軍の労働者に代って武器製造をした。これがどんな人間らしくない、不幸の図絵であったかということは今日すべての男女・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・そして、軍部と軍国主義教育は前線で、日本人民がそれを自分たちの行為として承認することを不可能と感じるほどの惨虐が行われた。敵という関係におかれた他の国の人々に対して。また日本軍の兵士たちに対して。 一九四八年ごろから、日本におこっている・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・専門学校では文科系統の学徒が容しゃなく前線へ送り出され、理科系統のものだけが戦力準備者としてのこされた。何年間も否定されつづけて来た若き生の、肯定と回復の一つの気の如く、不安なつつみどころのない表現として、自然と自意識の問題を語るとき大多数・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・ 女を前線に据えるなんざ……そういうなあ……ふむ、女ってものはそういうもんじゃねえんだ。」 ソモフは、出身から云えばボルティーコフと同じ労働者である。彼は、年こそ六十にもなっているが、インガの勤労者としての価値、及び解放された女がどうで・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ さて、恐ろしい戦は終りました。前線に行っていらした皆さんの御兄弟はお帰りになった方もあるでしょう。しかし決してもう二度と帰らない御兄弟を持った娘さんもあるでしょう。それから皆さんのお父さんも、徴用から解除され、或は復員になって家庭にお・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・毎日毎日たくさんの女の人たちが篤志看護婦となって前線へ出て行く。彼女も研究所を閉鎖して早速同じ行動に移るべきであろうか。 事態の悲痛さをキュリー夫人は非常に現実的に洞察した。科学者としての独創性が彼女の精神に燃えたった。マリアはフランス・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫