・・・そのほか、日傘をかざすもの、平張を空に張り渡すもの、あるいはまた仰々しく桟敷を路に連ねるもの――まるで目の下の池のまわりは時ならない加茂の祭でも渡りそうな景色でございます。これを見た恵印法師はまさかあの建札を立てたばかりで、これほどの大騒ぎ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 四 喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・や「金鍔」や「加茂の社」のごときはなかなか容易に発見されるような歯車の連鎖を前々句に対して示さない。また『鳶の羽』の巻でも芭蕉の「まいら戸」の句「午の貝」の句のごとき、なんでもないような句であるが完全にこのアタヴィズムの痕跡を示さない。これ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・原に真葛、川に加茂、山に比叡と愛宕と鞍馬、ことごとく昔のままの原と川と山である。昔のままの原と川と山の間にある、一条、二条、三条をつくして、九条に至っても十条に至っても、皆昔のままである。数えて百条に至り、生きて千年に至るとも京は依然として・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ 六月或日 Y机の前で旅券下附願につける保証書の印を加茂へもらいに送るその用の手紙書きつつ「ねえべこちゃん、これ切手はらないでいいんだろうか――印紙を」「ハハハハもやでもそういう感違いするのね ハハハハ愉快愉・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ それから四人丸く坐って祇園のまつりのはなしや、加茂の夕涼やまだ見た事のない京都の様子を御まきさんにはなしてもらった。 その間御せんさんはおっかさんの体にもたれかかってその眉のあたりを見ながらはなしをきいて居る。 御はんの時も御・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・過去です。加茂で読むんですものね。 昨夜、汽車の中どう? 涼しかって? ポンポ巻き入れとけばよかったと後で智恵が出ました。眠るときの為に。おなかが又冷えやしまいかしら。私共はあれから渋谷まですぐ省線で来たが、エビスのところで、べこがお文・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・清武の家は隣にいた弓削という人が住まうことになって、安井家は飫肥の加茂に代地をもらった。 仲平は三十五のとき、藩主の供をして再び江戸に出て、翌年帰った。これがお佐代さんがやや長い留守に空閨を守ったはじめである。 滄洲翁は中風で、六十・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫