・・・半僧坊のおみくじでは、前途成好事――云々とあったが、あの際大吉は凶にかえるとあの茶店の別ピンさんが口にしたと思いますが、鎌倉から東京へ帰り、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやす・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ それは岩へ掻きついては波に持ってゆかれた恐ろしい努力を語るものだった。 暗礁に乗りあげた駆逐艦の残骸は、山へあがって見ると干潮時の遠い沖合に姿を現わしていることがあった。 梶井基次郎 「海 断片」
・・・労働階級といえどもこの努力に協力するの義務がある。富裕階級が労働階級の解放に参加しないのは個人的利害によって、この国家的な道徳的協同に反対するものであると説いた。われわれには共鳴するところ最も多い論拠である。マルクスの如く歴史の発展を物力の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ が、彼は、必死の努力で、やっとそれを押しこらえた。そして、前よりも二倍位い大股に、聯隊へとんで帰った。「女のところで酒をのむなんて、全くけしからん奴だ!」 営門で捧げ銃をした歩哨は何か怒声をあびせかけられた。 衛兵司令は、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 当時所謂言文一致体の文章と云うものは専ら山田美妙君の努力によって支えられて居たような勢で有りましたが、其の文章の組織や色彩が余り異様であったために、そして又言語の実際には却て遠かって居たような傾もあったために、理知の判断からは言文一致・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・ 実際、いかに絶大の権力を有し、百万の富を擁して、その衣食住はほとんど完全の域に達している人びとでも、またかの律僧や禅家などのごとく、その養生のためには常人の堪えるあたわざる克己・禁欲・苦行・努力の生活をなす人びとでも、病なくして死ぬの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・今日までの代の変遷を見せる一種の展覧会、とでも言ったような具合に、あるいは人間の無益な努力、徒に流した涙、滅びて行く名――そういうものが雑然陳列してあるかのように見えた。諸方の店頭には立て素見している人々もある。こういう向の雑書を猟ることは・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ それら全部の救護は、ことごとく、少数の医員たちの外、すべて二十年以下の、年わかい看護婦五十名の、ちつじょただしい、ぎせい的の努力によって、しとげられたのです。 そのとき浜離宮へは、すでに何万という市民がひなんしていました。火の子は・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。長・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫