・・・ 不思議なもので一度、良心の力を失なうと今度は反対に積極的に、不正なこと、思いがけぬ大罪を成るべく為し遂んと務めるものらしい。 自分はそっとこの革包を私宅の横に積である材木の間に、しかも巧に隠匿して、紙幣の一束を懐中して素知らぬ顔を・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・それには、もっとデリケートな調節器官が入用であって、その大切な役目を務めるのが弓を持った演奏者の手首であるらしい。普通の初等物理学教科書などには弦が独立した振動体であるようなことになっているが、あれも厳密に言えば弦も楽器全体も弓も演奏者の手・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・自然の神秘とその威力を知ることが深ければ深いほど人間は自然に対して従順になり、自然に逆らう代わりに自然を師として学び、自然自身の太古以来の経験をわが物として自然の環境に適応するように務めるであろう。前にも述べたとおり大自然は慈母であると同時・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・十貫目の婆さんはむやみに人を馬鹿にする婆さんにして、この婆さんが皮肉に人を馬鹿にする時、その妹の十一貫目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この二婆さ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・傍、女性の方も、学校の教師になるなり、事務所に務めるなり何なりして、力相当の蓄積をする。そして、二年なり三年なりの後、安全な基礎に立って生活を始める。日本の風習では、そんな場合、何故、娘なり息子なりの両親、同胞が助けないか、と云う質問、何故・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫