・・・要するに幾何学のように定義があってその定義から物を拵え出したのでなくって、物があってその物を説明するために定義を作るとなると勢いその物の変化を見越してその意味を含ましたものでなければいわゆる杓子定規とかでいっこう気の利かない定義になってしま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・のなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会の一人となり、戸外公共の事務を取扱うの身分となれば、生来の習慣忽ち活動し、公は以て私を束縛すべきものなりとて憚る所なきは必然の勢いならずや。 今の政談家は今日世間・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・すると勢い金が欲しくなる。欲しくなると小説でも書かなければならんがそいつは芸術に対して済まない。剰え、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて、漸と本屋を納得させるような有様であったから、是れ取りも直さず、利のために坪内さん・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・この日は一合傾けた。この勢いで帰って三角を勉強しようという意気込であった。ところが学校の門を這入る頃から、足が土地へつかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。試験の用意などは思いもつかぬので、その晩はそれ・・・ 正岡子規 「酒」
・・・その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。 ところが嘉助がすぐ、「先生。」といってまた・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ぱッと蹴る、勢いがよく、いくら髪針の先でふき子が砂の表面へ持ち出しても見る見る砂をかぶる。傍から、忠一も顔を出し、暫くそれを見ていたと思うと、彼はいきなりくるりとでんぐり返りを打って、とろとろ、ころころ砂の斜面を転がり落ちた。「ウワーイ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・という一言を、身を割くように思いながら与えたのは、勢いやむことを得なかったのである。 自分の親しく使っていた彼らが、命を惜しまぬものであるとは、忠利は信じている。したがって殉死を苦痛とせぬことも知っている。これに反してもし自分が殉死を許・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・はや乾いた眼の玉の池の中には蛆大将が勢揃え。勢いよく吹くのは野分の横風……変則の匂い嚢……血腥い。 はや下ななつさがりだろう、日は函根の山の端に近寄ッて儀式とおり茜色の光線を吐き始めると末野はすこしずつ薄樺の隈を加えて、遠山も、毒でも飲・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・どこへともなく素張らしい勢いで落ち込んで行く。ハッと思うと、私の身体はまん円い物の上へどしゃりッと落ったのだ。はてな―ふわふわする。何ァんだ。他愛もない地球であった。私は地球を胸に抱きかかえて大笑いをしているのである。 まごつ・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・相手にそれだけ力と愛とが横溢していない時には、勢い愚痴は相手を弱め陰気にします。我々から愛を求めている者に対して我々の愚痴を聞かせるのはあまりに心なき業だと思います。 私たちは未来を知らない。未来に希望をかける事が不都合なら未来に失望す・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫