・・・ それから、半時ばかり後である。了哲は、また畳廊下で、河内山に出っくわした。「どうしたい、宗俊、一件は。」「一件た何だ。」 了哲は、下唇をつき出しながら、じろじろ宗俊の顔を見て、「とぼけなさんな。煙管の事さ。」「うん・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い着物に透り出した頃、突然空中に声があって、「そこにいるのは何者だ」と、叱りつけるではありませんか。 しかし杜子春は仙人の教通り、何とも返事をしずにいました。 ところが又暫くす・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ それから半時もたたない内に、あの夫婦はわたしと一しょに、山路へ馬を向けていたのです。 わたしは藪の前へ来ると、宝はこの中に埋めてある、見に来てくれと云いました。男は欲に渇いていますから、異存のある筈はありません。が、女は馬も下りずに、・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 立花は、座敷を番頭の立去ったまで、半時ばかりを五六時間、待飽倦んでいるのであった。(まず、可 と襖に密と身を寄せたが、うかつに出らるる数でなし、言をかけらるる分でないから、そのまま呼吸を殺して彳むと、ややあって、はらはらと衣の・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・気が気でないのは、時が後れて驚破と言ったら、赤い実を吸え、と言ったは心細い――一時半時を争うんだ。もし、ひょんな事があるとすると――どう思う、どう思う、源助、考慮は。」「尋常、尋常ごとではござりません。」と、かッと卓子に拳を掴んで、・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後に、その唇の、幽冥の境より霞一重に暖かいように莞爾した時、小児はわなわなと手足が震えた。同時である。中仕切の暖簾を上げて、姉さ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・乃公もグイと癪に触ったから半時も居らんでずんずん宿へ帰ってやった」と一杯一呼吸に飲み干して校長に差し、「それも彼奴等の癖だからまア可えわ、辛棒出来んのは高山や長谷川の奴らの様子だ、オイ細川、彼等全然でだめだぞ、大津と同じことだぞ、生意気・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・死したる人の蘇る時に、昔しの我と今の我との、あるは別人の如く、あるは同人の如く、繋ぐ鎖りは情けなく切れて、然も何等かの関係あるべしと思い惑う様である。半時なりとも死せる人の頭脳には、喜怒哀楽の影は宿るまい。空しき心のふと吾に帰りて在りし昔を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・見てくれ、折角荒々しいような執念いような、気味悪い俺の相好も、半時彼方で香の煙をかいで来ると、すっかりふやけて間のびがして仕舞った。どうだ、少しは俺らしくなったか?ヴィンダー上帝の奴、手に負えない狡猾者だ。俺達やカラは、地体ああ云ういや・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫