・・・とはもう仕方がない。「ええ」を引き込める訳に行かなければ「ええ」を活かさなければならん。「ええ」とは単簡な二文字であるが滅多に使うものでない、これを活かすにはよほど骨が折れる。「何か急な御用なんですか」と御母さんは詰め寄せる。別段の名案・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 純文学と云えばはなはだ単簡である。しかしその内容を論ずれば千差万別である。実は文学の標榜するところは何と何でその表現し得る題目はいかなる範囲に跨がって、その人を動かす点は幾ヵ条あって、これらが未来の開化に触るるときどこまで押拡げ得るも・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ 画は一輪花瓶に挿した東菊で、図柄としては極めて単簡な者である。傍に「是は萎み掛けた所と思い玉え。下手いのは病気の所為だと思い玉え。嘘だと思わば肱を突いて描いて見玉え」という註釈が加えてあるところをもって見ると、自分でもそう旨いとは考え・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・文学者だから御世辞を使うとすると、ほかの諸君にすまないけれども、実を云えば長谷川君と余の挨拶が、ああ単簡至極に片づこうとは思わなかった。これらは皆予想外である。 この席上で余は長谷川君と話す機会を得なかった。ただ黙って君の話しを聞いてい・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・時間が逼っているからなるべく単簡に説明致しますが、個人の自由は先刻お話した個性の発展上極めて必要なものであって、その個性の発展がまたあなたがたの幸福に非常な関係を及ぼすのだから、どうしても他に影響のない限り、僕は左を向く、君は右を向いても差・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫