・・・去んぬる長光寺の城攻めの折も、夫は博奕に負けましたために、馬はもとより鎧兜さえ奪われて居ったそうでございます。それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・尊徳の両親は酒飲みでも或は又博奕打ちでも好い。問題は唯尊徳である。どう云う艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。我我少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。 わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じている。成程彼等に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・年二割五分の利子を付する事、村税は小作に割宛てる事、仁右衛門の小屋は前の小作から十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡は馬耕して置くべき事、亜麻は貸付地積の五分の一以上作ってはならぬ事、博奕をしてはならぬ事、隣保相助けねばなら・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……さしあたってな小博打が的だったのですから、三下の潜りでも、姉さん。――話のついでですが、裸の中の大男の尻の黄色なのが主人で、汚れた畚褌をしていたのです、褌が畚じゃ、姉ごとは行きません。それにした処で、姉さんとでも云うべき処を、ご新姐――・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・あれで清六が博打も打つからさ。おとよさんもかわいそうだ。身上もおとよさんの里から見ると半分しかないそうだし。なにおとよさんはとても隣にいやしまい」「お前そんなことをいったって、どこがよくているのかしれるもんじゃない。あの働きもののおとよ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ おれも始めから利助の奴は、女房にやさしい処があるから見込みがあると思っていた、博打をぶっても酒を飲んでもだ、女房の可愛い事を知ってる奴なら、いつか納まりがつくものだ、世の中に女房のいらねい人間許りは駄目なもんさ、白粉は三升許りも挽けた・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・という博奕打ちに落籍されてしまった。「疳つりの半」は名前のごとく始終体を痙攣させている男だが、なぜか廓の妓たちに好かれて、彼のために身を亡した妓も少くはなかった。豹一は妓の白い胸にあるホクロ一つにも愛惜を感じる想いで、はじめて嫉妬を覚えた。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ もう十年にもなるだろうか、チェリーという煙草が十銭で買えた頃、テンセンという言葉が流行して、十銭寿司、十銭ランチ、十銭マーケット、十銭博奕、十銭漫才、活動小屋も割引時間は十銭で、ニュース館も十銭均一、十銭で買え、十銭で食べ十銭で見られ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 世間には酒と女と博奕で身を亡ぼす人は多い。私は競馬は好きだが、人が思うほど熱中しているわけではないから、それで身を亡ぼすことはあるまい。女――身を亡ぼしそうになったこともあり、げんに女のことで苦しめられているから、今後も保証できないが・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・不粋な客から、芸者になったのはよくよくの訳があってのことやろ、全体お前の父親は……と訊かれると、父親は博奕打ちでとか、欺されて田畑をとられたためだとか、哀れっぽく持ちかけるなど、まさか土地柄、気性柄蝶子には出来なかったが、といって、私を芸者・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫