・・・が、よしんば二人が要領のよい厚かましい兵隊であったところで、隊長の酒の肴を供出するような農民は昭和二十年の八月にはもういなかった。「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんに・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ぜひとも御相談いたしたく、ほかにたのむ身寄りもございませぬゆえ、厚かましいとは存じながら、お願い。 坂井新介様。とみ。 助監督のSさんからも、このごろお噂うけたまわって居ります。男爵というニックネームなんですってね。おかしいわ。・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ああ、女は、幼少にして既にこのように厚かましい。けれども、男の子は、そんな事はしない。織女が、少からずはにかんでいる夜に、慾張った願いなどするものではないと、ちゃんと礼節を心得ている。現に私などは、幼少の頃から、七夕の夜には空を見上げる事を・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・そんな下手くそな見えすいた演技を行っていながら、何かそれが天から与えられた妙な縁の如く、互いに首肯し合おうというのだから、厚かましいにも程があるというものだ。自分たちの助平の責任を、何もご存じない天の神さまに転嫁しようとたくらむのだから、神・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・――どうやらこうやら皆さんの御同情にあずかって過して来ておりますような訳で……こんなにして、御縁の浅い先生のところまで上りまして厚かましいのは承知でございます」「そういう意味で云ったのじゃない。結局のことは当座の端した金ではどうにもなら・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ これらの変化のあるものは、厚かましい公然さで自身の場所をしめて来た。またあるものは、いろいろの社会心理のモメントをとらえて、いわば三越や白木屋のマークが、いつか日本人の眼にしみこんでしまっているように、日本の人民に印象づけられて来てい・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・新しい日本の文学が分化し、まとまりはじめた頃は、既にその作品の中に、野暮で厚かましい官員さんに対する庶民的反撥の感情やそれに対する庶民的憧憬・追随の感情が反映するようになって来たのであった。普通一般人の生活感情とそれを語ろうとする文学とは役・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・「――実に恐縮です、実に厚かましい願いですが、今朝この手紙を受けとったまま悲しいことに読めません。貴下にすがって一つ読んでいただくわけには行きますまいか」 ジェルテルスキーは、意外な秘密に引きこまれる苦笑を洩しながら手を出した。封筒・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫