・・・ されば、外国文を翻訳する場合に、意味ばかりを考えて、これに重きを置くと原文をこわす虞がある。須らく原文の音調を呑み込んで、それを移すようにせねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つをも濫りに棄てず、原文にコンマが三つ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ドイツ語のよめる人はいつもドイツ語の原文はよくわかると云っていた。これまでの改造社版ができた頃の日本の解放運動のなかで、一つの癖のように使われたぎくしゃくした明晰を欠いた文章がひっかかりとなって、たださえむずかしい部分が、まるでむずかしかっ・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
・・・○三井品川工場 塩原文作。資本ケイ統住友 第一職工だけ。女三六五人○健康ホケン費 七五、一二八・四円。一ヵ年間にこの七万五千余円がホケン組合に入る。一人当り一ヵ年二八円九四銭 第十二工場 製カン、鋳物、ガス溶接屋 二〇・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
・・・それから、序文のなかで、ところどころに「自分の感想を加え、原文と異っているところもあるが」と云われていることも、目的は日本の読者にわかりやすいためという気持からとはいえ、やはり余り有益なことでもないと思う。作品の短い紹介ならともかく、一冊の・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ この小説の訳者は、少くとも原文に忠実であろうとするあらゆる努力を惜んでいない。意味に忠実であるばかりでなく、シチェードリンのむずかしい文章の脈うちの特徴や、作品人物の性格的な物言いの癖までも日本文のなかに捕えようと試みていて、そのため・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・の一篇は、堀口大学氏の手に入った訳であればあるほど、原文の味わいはどのように新鮮、素朴、簡美であろうかと、フランス語でよんでみたくなる作品である。孤児院の仲間の女の子の性格、マリイ・エエメ教姉のかくされた激しい情緒が迸る姿、院長の悪意。実に・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・私は当初から原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたのである。三 ファウストの訳本は最初高橋五郎君のが出た。次いで私のを印刷しているうちに、町井正路君のが出た。どちらも第一部だけである。私は自分が訳してしまう・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・ F君は殆ど術語のみから組み立ててある原文の意味を、苦もなく説き明かした。 私は再び驚いた。F君は狂人どころでは無い。君の自信の大きいのは当然のことである。私は云った。「それだけ読めれば、君と僕との間に、何の軒輊すべき所も無いね・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・こう云てしまって、ふと原文を見る気になってゾフィインアウスガアベを出して見た。すると「シュウェエフェルスタンク・ウント・ゾイレ」と書いてあって、「硫黄の臭と酸と」と云うことになっている。硫酸では無い。友人が覗いて見て、「硫化水素も酸だから、・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫