・・・ここでちょっと通りと筋のことを言いますと、船場では南北の線よりも東西の線の方が町並みが発達しているので、東西の線を通りと呼び、南北の線を筋と呼んでいるが、これが島ノ内に来ると、反対に南北の方がひらけて、南北の線が通り、東西の線が筋になる、も・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・あと十日と迫ったおせいの身体には容易ならぬ冒険なんだが、産婆も医者もむろん反対なんだが、弟につれさせて仙台へやっちまう。それから自分は放浪の旅に出る。 仙台行きには、おせいもむろん反対だった。そのことでは「蠢くもの」時分よりもいっそう険・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・彼は相手に自分の意見を促されてしばらく考えていたが、「さあ……僕にはむしろ反対の気持になった経験しか憶い出せない。しかしあなたの気持は僕にはわからなくはありません。反対の気持になった経験というのは、窓のなかにいる人間を見ていてその人達が・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて万、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の断礎のよう・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・カントの形式的倫理学に反対したのは実質的倫理学だけではなく、ギヨーや、ディルタイの如き生命主義の倫理学や、フォイエルバッハから、エンゲルス、マルクス、カウツキーにいたる社会主義の倫理学がある。今これらを詳述する紙幅はないが、ギヨーは『義務と・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反抗的な声だった。彼は「何をするのだ! 俺がどうして斬られるようなことをしたんだ!」と、叫んでいるようだった。 栗島は、次の瞬間、老人が穴の中へとびこんでいるの・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・吉の腹の中では、まづみに中てたいのですが、客はわざとその反対をいったのでした。 「ケイズ釣に来て、こんなに晩くなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。」 「済みませんが旦那、もう一ヶ処ちょいと当・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・淋しいだろうと云うので、泊りにきていた親類の佐野さんや吉本さんが、重ね重ねのことなので、強こうに反対した。だが、お前の母は、「この仕事をしている人達は死んでも場所のことなどは云わないものだから、少しも心配要らない。」と云った。 山崎のガ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・私は自分の側に来たものの顔をつくづくと眺めて、まるで自分の先入主となった物の考え方や自分の予想して居たものとは反対であるのに驚かされた。私は尋ねて見た。「お前が『冬』か。」「そういうお前は一体私を誰だと思うのだ。そんなにお前は私を見・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・ピサゴラスの学徒は、人間はこの自制が少しでも多く出来れば出来るほど、それだけ神さまに近づくのだ、生がい完全な自制を以て突き通して来た人は、死んだ後には神さまになれる、その反対に、少しでも自分を押えつけることが出来ないで、いろいろの悪いことを・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
出典:青空文庫